第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百二十八
「……カニンガム……を、操りましたね……ッ」
「ぐるうう!!がぐうううううッ!?」
―――獣のように噛みついた瞬間、リュドミナは抱きしめていた。
首を引かれて肉を噛みちぎられないように、一瞬で反応していたんだよ。
何とも冷静な女性だろうか、さすがは『カール・メアー』武術の達人。
それでも重傷であることには、変わりが無いけれどね……。
「そのまま、攻めろ!!カニンガム!!」
―――ビビアナらしくない、荒っぽい言葉だった。
この言葉遣いは、リュドミナを刺激するためだけに選んでいるわけじゃない。
カニンガムを苛立たせるために、あえて使っていた。
『蟲』の力がつなげてくれているし、リュドミナの表情を少しでも操るためだ……。
―――敵意に反応するのが、小悪党の生態だよ。
器の小さな悪人ほどに、軽んじられたときに暴走してしまうものさ。
これは挑発であり、カニンガムにリュドミナを襲わせるためだ。
まるで猛獣使いのように、ビビアナは『蟲』と悪人を操ってみせた……。
―――心理操作術の達人、あるいは呪術の天才。
知的な彼女は、間違いなくリュドミナから『洗脳』の技巧を学び取っていた。
さすがの賢さだし、さすがの詠唱長と言ったところだよ。
誰かを成長させるのが、本当に上手なのさ……。
「因果な、ものです……ね」
―――抱きしめたカニンガムの首に、『雷』を流していた。
ボクたち猟兵はガルフの教えで、解剖学を習わされているけれど。
詠唱長は歌い方や唱え方の達人だからか、正確無比な狙いを使う。
上を向かせる筋肉と、あごを下げるための筋肉に電流を流していたよ……。
―――つまり、これはあごを『開く』ための選択だ。
筋肉は『雷』を流されると、収縮してしまう特性があるからね。
リュドミナはカニンガムのあごを、思惑通りに開かせる。
彼女も解剖学の達人だったらしいよ、歌と詠唱のためにそれを修得したのか……。
―――歌うためには、口も喉も舌の筋肉も使うよね。
だから学ぶ必要があると考えて、実際にそれを行っていた。
プロフェッショナルという者は、知的で努力を怠らない。
尊敬に値するよ、たとえボクたちの厄介な強敵であったとしても……。
「りゅど、みなああああ!!」
「女性に噛みつくなんて、無礼が過ぎますよ」
―――怒り荒ぶるカニンガムに、リュドミナの体術が襲い掛かる。
一瞬で懐に飛び込むと、背負いでぶん投げた。
壁に叩きつけるが、先ほどまでの威力はない。
リュドミナも多忙だからね、体力も魔力も消耗しているのさ……。
―――その上、『猟兵対策』として使おうとしていたカニンガムの肉体は。
『蟲』に侵食されて、さっきよりも強化されている。
背中から生えた『蟲』の脚が、カサカサと不気味な音を立てて動いた。
カニンガムは通路の天井に這い上がり、うごめく『蟲』に異形化が進む……。
「殺す、殺す!!オレは、お前なんかに支配されてたまるかッッッ!!!」
「救いがたい。『狭間』に、そそのかされるとは……いや、私の未熟を恥じるべきですか」
―――カニンガムが、飛び掛かってくる。
リュドミナは消極的な戦術を採ったよ、後退した。
賢い彼女は、この地下通路の先を目指して逃げるんだ。
合理的な判断だね、猟兵に追いかけられている最中だ……。
「まだ、聖なる任務の最中……死ぬわけには、いきません。見守らないと」
「させない!!カニンガム!!ほら!!かかって来なさい!!女にバカにされるのは嫌でしょう!!」
「ぐるうううう!!が、があああああああああッッッ!!!」
―――逃げるリュドミナを、追いかけるカニンガム。
歪んだ腕を伸ばし、獣のように噛みつきにかかる。
どんどんヒトの体から逸脱していく様子は、あわれなものだ。
これが『蟲』を自らに受け入れた罰だろうか、それとも自業自得なのか……。
―――カニンガムは肉体だけじゃなく、精神も壊れていく。
リュドミナの『洗脳』のあげくに、ビビアナにも操られたからね。
わずかに残っていた自尊心が、リュドミナに牙をむかせたけれど。
時間を使うほどに、その意志も消え去っていく……。
―――ヒトとしての魂は喪失を続け、ただの動物的な本能だけが残る。
リュドミナの方が上手だった、ビビアナはよく抵抗した。
よくやったが、奇襲の噛みつきがかわされた以上この結末は仕方がない。
歪な獣の姿に成り果てたとき、カニンガムは止まる……。
「ぐうう、うううううう!!うう、うああああ!!」
「ようやく、落ち着いてくれましたね。ビビアナさん、貴方の負けで―――」
―――異形化したカニンガムが、背後を振り返る。
リュドミナも優れた聴覚で、状況を把握していた。
床を蹴りつける強い足音が、すぐそこまで来ている。
赤茶色の毛並みを揺らし、『狼』がこの場に現れた……。
「猟兵が、来ましたね。カニンガム!!」
―――命じられた瞬間、歪な獣が巨体を揺らしてジャンに向かって跳んだ。
ジャンがひるむことなど、あるはずもないからね。
二人は薄暗い闇のなかで、とんでもない勢い同士で衝突し合う。
正面からの力比べに、ジャンの力に敵うはずもない……。
―――カニンガムの異形は、一瞬で弾き飛ばされる。
だが、背中から無数の脚がいくつも飛び出し通路の壁と天井に突き刺さった。
せまい地下通路をふさぐように、異形の怪物が陣取る。
盾になるんだよ、今の支配者であるリュドミナを守るために……。
「頼みますよ、カニンガム。時間を稼いで」
『か、カニンガムっ。やっぱり、こいつが……あ、貴方は、『カール・メアー』ですねっ!?』
「そうです。貴方たちの敵……でも、その対立も、もうすぐ意味を失う。女神イースの前に、争いは消えるの。あと、少しなんです」
『い、言ってる意味が分かりませんがっ!!せ、制圧させてもらいますっ!!』




