第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百二十六
―――叫んだ、めちゃくちゃな大声で叫ぶ。
リュドミナの束縛さえも揺るがすレベルで、魔力が渦巻いていたよ。
ビビアナの『本体』の背後に張り付いているミアが、驚くほどの魔力。
『狭間』は、とくにハーフ・エルフの潜在的な魔力はやはり大きい……。
「ビビ……っ。どうしたの!?」
「……『ビビアナさん、あまり魔力を暴走させないでください。せっかくの取引成立を、邪魔しないで』」
「取引……成立っ!?まさか、リュドミナ、あなた……おっちゃんを……っ!?」
「『何か小細工を考えていたのかもしれませんが、私の勝ちのようですね』」
「……っ!!まだ、だよ。ビビ!!ビビは、きっと、賢いから何かをやれる!!がんばって!!がんばって!!どうにか、抗うんだ!!」
「『あきらめの悪い。貴方たちを、私は助けてあげるつもりなのに……』」
「おっちゃんが、それを約束させたの!?」
「『そう、いい人物ですよ。レナスも、彼のことを許してしまうほどには……』」
―――ミアには、祈るしか出来なかった。
『オルテガ』はもうすぐそばまで迫っているけれど、『曙』を加速させるべきかどうか。
現状では判断がつくはずもない、下手すればビビアナを死なせるかもしれないんだ。
慎重にならざるを得ないし、今はビビアナを頼る他にない……。
「ビビ、がんばって。どうにかするんだ。きっと、あなたならやれる!!賢いヒトは、どんなときでも何かを見つけられる!!」
「『知性を、過信していますね。聖なる宿命には、勝てませんよ。何者も、どんな知略も』」
―――リュドミナは魔力と感情を暴走させながらも、精神世界で『敵』をにらむ。
『敵』は明確だ、リュドミナである。
女神イースに肉体を与えるなんて作戦が、一体どういうものかは知らないが。
明確なのはリュドミナが、すべての黒幕だということだ……。
「あんたのせいだ。あんたの……ッ」
―――考える、考える。
考えながらも、感情を抑制しにかかるんだ。
光る繊維に融けていくメダルドを見ながら、冷静さを構築していく。
これは戦いであり圧倒的に不利な状況だ、勝つには最良の策を選ぶ必要があった……。
「メダルド・ジー。さあ、女神イースを讃える歌を聞きなさい。最も適した聖なる歌い手の声を……『歌声』を、私と『蟲』は記憶しているの。聞きなさい……『器』にそれを受け入れて。貴方はやさしいヒトだから……この慈悲の『歌声』が必ず届く」
―――女神イースを讃える聖歌は、いくつもあった。
それらは聖なる句であり、女神イースの掟である。
さらに言えば、女神イースを定義する者であり。
女神イースの『記憶』、そう言えるものだった……。
「『始まりの光を知っている。世界を旅して見つけたのは、星の数ほどの悲しみだった。叡智を得て、星空より来たる大いなる力を翼に宿す。六つの翼を背から生やし、聖なる賢者は女神の『器』となった。あらゆる悲しみを知り、世界を救う慈悲の力を宿して女神イースはこの世界に降臨した』」
―――『彼女』の、レナス・アップルの『歌声』は完璧に保存されている。
それは語りであるが、歌のリズムとテンポを帯びていた。
才あるオペラ歌手がやるように、詩ではなく散文さえも歌に変えたのさ。
控えに見ても世界最高の歌い手である『彼女』なら、造作もないことか……。
「『星の力を秘めた翼は六つ。知性、感情、意志、願い、命、死。六つの力の化身であった。ヒトの心を紡ぐ、それらの輝ける力たち。あらゆる慈悲の体現者となるために、叡智に満ちた言葉を歌にする。女神イースは悟りを得た。この世の混沌を消し去るためには、人々の種類を減らさなければならぬと』」
―――光る『繭』の奥で、光る繊維に分解されていくメダルドは気に食わない。
リュドミナや『彼女』が、その聖なる文言を曲解している気がした。
人種を減らしたい、それは人間族だけの世界にすればいいということかな?
メダルドは違うと確信する、ボクたちより女神イースが嫌いじゃないようだから……。
「……ヒトの種類を、減らしたいなら。そんなもの、カンタンだぜ。融け合えばいい。『狭間』は答えだろ。壁を越えてる。不要な区別を、しなければ……いいってだけだ」
―――宗教や哲学とは、否定を使い純度を強くするものだよ。
メダルドが信じる考えが、『カール・メアー』に届くことはない。
それも承知でささやいたのさ、『狭間』の『娘』を持つ者として。
『カール・メアー』の教義に、文句の一つは言っておきたい……。
―――リュドミナは、その異論を拒絶することもない。
教義についての問答は、『カール・メアー』内部でやり尽くしている。
聖なる山にこもり、尼僧と巫女戦士たちは神学を確かめ続けた。
もはや彼女たちの『正義』は揺らがず、完成されている……。
―――人間族だけの世界になれば、今よりは平和だって?
人種の差が持つ、呪わしい側面だけに着目した答えに過ぎないものだし。
たくさんの可能性を否定した、決めつけのロジックだとしても。
たしかにその世界には、人種の差が呼ぶ軋轢そのものはない……。
―――それに、女神イースが降臨できたなら。
不在の神さまに苦悩する信者は、もちろん減るだろう。
圧倒的な力を持つ女神に、世界中の人々が統治してもらえたら。
争いは減るかもしれない、そうだとしも……。
―――神さまに否定されたとしても、納得はしない。
世界と歴史が否定したとしても、『狭間』であるビビアナはあきらめない。
幸せになれると、愛する者たちが信じたのだ。
女神も世界も歴史も哲学も神学も叡智も、知ったことじゃない……。
「私は、幸せになってやるんだ!!」
「『多くの者が、幸せを求めて叫ぶ。この不完全な世界で、この不完全な王しかおらず、神々の実存が弱い世界で。無慈悲が蔓延る星々の下、涙は幾千万の祈りを呑み込んだ。姿が違い、心が違う者たちの歌う願いは、不協和音となる。不吉な破滅で世界を乱す。星が千年巡っても、何らの変化もなし。それを確かめた後……女神は『歌い手』を呼ぶ』」
―――『歌い手』、それが『彼女』なのだとリュドミナは信じたらしい。
悲劇的に壊され尽くした悲しい『彼女』を、聖なる存在なのだと。
リュドミナだけが、壊されたみじめな者を真っ直ぐに見つめられた。
『カール・メアー』は、ずっと待っていたのさ……。
「千年の確認です。始まりの『器』が旅立ったときより、ずっと続けてきたものです。人種という存在が創り上げてしまう無数の悲しみ。確かめ続けた。すべての時代で、すべての土地で。すべての結末が示しているの。人種があると……ヒトは不幸になる。千年の知的な確認作業が保証する絶対に、私たちはもう待てません。レナスも、現れた」
「……………千一年目は、違うかもしれねえだろ……本当にやさしいヤツってのは、きっと、バカなんだよ」
「千年待つだけでも、十分な愚かさだと思います。おかげで、たくさんの悲劇が生まれた。たくさんの痛みが生まれたもの。でも、それも……終わる。救いは、今日から始まるわ。女神イースだけを神に選んだ人間族だけの世界。人種が生む悲しみなんて、そこにはない」




