第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百二十五
―――ビビアナは叫びたかった、リュドミナに囚われている体は動かないけれど。
リュドミナの見せてくれるメダルドは、死の覚悟を固めている。
自分のために死のうとしてくれている存在、それには既視感があった。
耳を伸ばさないための呪術、両親はビビアナのために命を捧げた……。
―――また、ビビアナのために家族が死のうとしている。
何て辛いことなのか、それと同時にありがたいことなのか。
愛する者のために命を捧げるなんて、誰にでもやれることじゃない。
誰しも死は恐ろしいもので、本能に打ち克たなければ究極の自己犠牲は選べない……。
―――メダルド・ジーという男は、本当に愛情深い男だったよ。
その姿を見ていると、聖なる任務のために非道を行う詠唱長も感動していた。
『カール・メアー』の尼僧として、多くの悲劇や祈りと出会ってきたけれど。
ここまで高潔な態度で、自分の命を家族に捧げられる者は極めて少数だ……。
―――リュドミナはとても賢く、相手の心を見抜く達人だからね。
分かってしまうのさ、どれだけ相手が本気なのか。
目の前にいるメダルドは、『人買い』だ。
邪悪な生業をしている男手、この種の職業人をリュドミナは嫌う……。
―――レナス・アップルの人生を破壊した、邪悪で残酷な『人買い』もいた。
およそ『人買い』という存在は、クズや外道が多いものだよ。
それでもメダルドは、どの道にも時おり現れる例外らしい。
どんな生き方をしていたとしても、正しい行いは選べるという実例さ……。
―――聖なる供物とするには、何とも相応しい人物なのだと。
リュドミナは大いなる満足を得ていた、女神イースの『器』として使うに相応しい。
それを納得させられるほどの、大きな慈愛を感じさせてくれたのさ。
身を震わしながら詠唱長は喜び、この運命を用意してくれた女神に感謝した……。
「約束します。私は、あの三人を殺しません」
「……私は、という限定的な言い回しは気に食わないが……」
「私にやれる限りを、尽くすという意味ですよ。この聖なる任務の果てに、世界は変わる。それに、もうすぐ……私の命も尽きるのです。敵の手にかかり、私も女神イースの殉教者となる……その運命のなかで、やれる限りをやる。それ以上の約束は、ヒトの身では不可能でしょう」
「……たしかにな。それなら、構わない。とっとと始めてくれ」
「叔父さま!!叔父さま!!ダメです!!そんなこと、しないで!!」
―――両親を思い出し、あのエルフの薬草医を思い出す。
ビビアナにやさしくしてくれて、すぐそばにいてくれる者たち。
彼らはいつもビビアナのために、命を尽くしてくれる。
そして、いつもビビアナは何も返してやれていない……。
―――精神的につながっているから、ビビアナの叫びをリュドミナも聞く。
メダルド・ジーに近寄り、腕を伸ばしてその男の体に抱き着きながら。
こちらをじっと見つめている男に、教えてやるのだ。
レナス・アップルの声に変わりながら、ささやきを使う……。
「ビビアナさんは、『お前の言葉を聞いている。だから、告げたい言葉があれば、言ってみるがいい』」
「……ビビが、聞いているのか」
「『そうだ。私は……リュドミナさまのなかに融ける魂。記憶の残骸。私は、『人買い』に人生をめちゃめちゃにされたんだ』」
「……罪深い仕事だ。オレが、関わっているのか?」
「『違う。お前は、関係ない。関係ないけれど、きっと、お前も……多くの悲劇を作ったのだと思う』」
「……否定はしない。ジーの一族は、間違いを犯してきたからな」
「『……反省しているのならば、許してやる。最後の別れの言葉くらい……かけてやれ。私は、父さんに……別れの言葉を交わせなかった』」
「……ビビ。きっと、悲しんでいるだろうし。オレの選択を、許さないだろう。だが、それでも……お前のために最善を尽くしたい。愛している。死んでも、絶対に、オレの魂はお前のそばにいるだろう」
「叔父さま!!叔父さま!!お願い!!やめて、リュドミナ!!やめて!!レナス・アップル!!お願いだからッッッ!!!」
―――『彼女』の腕がメダルドの首に抱き着いて、儀式が始まる。
リュドミナとレナス・アップルと『蟲』と巫女戦士、それらで編まれた肉体がかがやいた。
魔力を消費し尽くしながら、その肉体が光り輝く無数の『繊維』に分かれていく。
光る繊維たちは、カイコの吐き出す糸のようだ……。
―――光の糸が『繭』を作るために、メダルドの体を覆い尽くしていく。
やわらかくて温かい、ヒトの体温を帯びていた。
メダルドは自分の『心臓』が、鼓動を弱めていくのを感じる。
死を覚悟しながらも、彼はやさしい……。
「……ビビ、泣くなよ」
―――見えてはいないが、それでも分かるのさ。
ビビアナは理想的なジーの一族であろうとして、いつでも努力を惜しまない。
親子の愛情を感じ取りながら、『彼女』も父親を思い出した。
自分の『聖歌』を好んで、誇りに思ってくれた父親を……。
「……悲しまないでくれ。笑ってくれ。お前は、オレの自慢の『娘』だ」
―――光る繊維に変わりながら、もはや誰なのかを定義し切れない細腕が。
メダルドに抱き着いて、光る瞳からは涙があふれていた。
メダルドの体も、ゆっくりと光る糸に変わっていく。
意識が分解され始め、壊れていく意識の器からたくさんの記憶がこぼれた……。
―――ビビアナの記憶、兄の記憶に兄の妻の記憶。
自身の妻の記憶に、エルフの薬草医の記憶。
悲しいことも多くあったが、笑顔も多く見てきた。
『人買い』ジーの一族が背負う運命的な罪科を、支払うことになったとしても……。
「……オレの人生は、最高だったぜ。ビビ……お前も、いい家族を作れよ」
―――父親の役目の一つに、嫁ぐ娘を見送るというものもある。
ビビアナは『狭間』だから、そういう日は来ないかもしれないと考えていた。
でも、どうやら世界は変わっているらしい。
それに、知ってもいた……。
―――愛というものは、いくらでも人種の壁を越えてしまう。
兄たちがそうだったし、今の自分もそうだ。
きっと、ビビアナは幸せな結婚をする。
だからこそ、今から死ぬなら告げるんだ……。
「……幸せにな。オレの、ビビ」




