第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百二十四
「メダルド・ジー、ですね」
「……君は、誰だ?」
「貴方の勘の良さを期待して、手短に自己紹介を。私は『カール・メアー』の者です」
「……フリジア・ノーベルの、上司だな」
―――メダルドは護身用の長剣に手を伸ばそうとして、止めた。
相手の実力を推し量れる程度には、武術の心得がある。
ソルジェたちを目の当たりにしたおかげで、価値観が狂いそうになっているけどね。
目の前にいるリュドミナが憑依した巫女戦士は、十分に達人と言える強さがある……。
「……何をしに、来た……と聞くのは、野暮だな。何をすれば、オレは姪を取り戻せるんだ?」
「ウフフ。やはり、とても賢明な御方ですね。『人買い』ジーの一族の当主は」
「……罪深さを責めるのなら、それも構わん。だが、交渉においては優先事項の通りに話せ。君は、オレに倫理観を問いたいわけじゃないだろう」
「ええ。私に必要なのは、貴方の自己犠牲です」
「……具体的に言ってもらえれば、助かるね。オレは、ビビのためならば、どんなこともやれるだろう。およそ、非常識な範囲まで―――」
「―――『ルファード軍』の機密情報を、私に打ち明けられますか?」
「……仲間を売れと?そんなつまらん嘘で、探りを入れないでもらえるかな、『カール・メアー』よ。アンタらは帝国軍じゃない。この戦の勝敗に、それほど興味なんてないだろう」
「本当に、鋭い方ですね」
「……『カール・メアー』は、あくまでも帝国軍の協力者だ。だが、軍事の専門家というわけじゃない。君らは異端審問だとかで、軍隊を取り締まりはするだろうが、本職は宗教活動のはず。戦争になど、そこまで積極的に介入したくはない」
「断言するのですね。知性の成せる業」
「……商人というビジネスは、賢くなくちゃ出来ない。素直に手の内を明かすといい。何を求めていて、何を返してくれるのか。それに、名前もだ」
「コミュニケーションの基本でしたわね。私は、少しばかり複雑な状態にあります。この体と、人格は別なのですが」
「……不思議なヤツばかりだな、最近の『オルテガ』は。人格の方を、教えてくれ。君に乗っ取られた哀れな彼女は、生きていないかもしれないから」
「リュドミナ・フェーレンと申します。『カール・メアー』においての役職は、詠唱長」
「……詠唱長。聖歌や聖句の読み方やら歌い方を、教える研究職のことか。かなりの偉いヤツじゃないか」
「女神イースの前で、すべての者の地位は同じです。例外は、ありますがね」
「……亜人種や、『狭間』についてか。政治的な……いや、アンタの場合は宗教的な理由かもしれないが、ビビアナはただの若い娘だ。彼女を、解放してくれ。オレにして欲しい行為を教えろ」
「必死なのですね。その必死さは、愛情の証明になります」
「……さぞや、感動的だろう。感動してくれたなら、さっさと取引を始めようじゃないか。遠からず、ここは戦闘になるぞ。それに、ストラウス卿や猟兵がいつ戻ってくるか分からない。それは、嫌だろう?」
「ええ。でも、ソルジェ・ストラウスは私の『本体』に迫っているので、しばらくは来ないでしょう」
「……ミア・マルー・ストラウスは、来るだろう」
―――探りを入れるための脅しも使う、商売は博打と詐欺の力も必要だった。
ミアの動きを確認したかったんだよ、少なくともソルジェの行動は理解したからね。
カニンガムと結託していたことも、メダルドは理解する。
敵の『行動範囲』もね、『ルファード』から『オルテガ』の東までだ……。
「そう、ですね。ミア・マルー・ストラウスさんも、近づいていますよ」
「……あの子は、ビビの親友だ。あの子が、手ぶらで戻るとは思わん。つまり、あの子はビビと接触した。助け出したのか……あるいは、その途中」
「包み隠さずに話した方がいいでしょうね。誤解は、悲劇を生みます」
「……もちろんだ。ビビは、ミアは?どうなっているのか教えてくれ」
―――彼はビビアナ以上の商人だからね、情報戦を挑むには分が悪い。
リュドミナは、素直に状況を教える気になった。
それでも問題はないよ、そもそも彼女は有利なのだから。
嘘をつかなくてもいいし、誤解はお互いのためにならなかった……。
「ビビアナさんにも、『私』が寄生しています。『蟲』の力で」
「……くそ。ビビを、殺したのか?」
「生きていますよ。ビビアナさんのそばに、ミアさんもいます」
「……あの子は、ビビを……人質にされた」
「あちらから、言い出したんです。貴方との交渉を、手伝うと」
「……当然だ。それでいい。ビビが最優先だから。それで、何が欲しい?ミア・マルー・ストラウスが手伝うのなら、『ルファード軍』に致命的なダメージを与えるものじゃないだろう。ならば、いい。猟兵が認める犠牲なら、オレはいくらでも支払う。オレの命でもな」
「本当に、賢い方です。貴方の血と肉を、供物に捧げられるのは、幸いなことですね」
「……供物、ね。どうしろって言うんだ?」
「『心臓』を、いただきます」
「……ナイフで、突き刺せばいいのか?」
「そんな乱暴さは不必要ですよ。私が寄生している、この体と共に……融け合えばいい」
「……融け合う、とは……?」
「『蟲』の力で、肉体を繊維に解体します。無数の、『蟲』たちの力で……」
「……『ギルガレア』の『蟲』は、かなりやられただろう?」
「ここは、『オルテガ』ですよ。『蟲の教団』に、花束を捧げている者たちもいる」
「……『ホーム』だからな。教団とやらの根も、生き延びていてもおかしくはない」
「いくつかの職人ギルドに、それらは伝わっている。彼らの体内には、弱く小さいけれど、『蟲』の亜種がいるのです。それを、すでに呼び集めているの」
「……巨大な『蟲』の集合体で、街でも襲うのか?」
「違いますよ。融け合うための、触媒となるだけ」
「……オレと、アンタが、その『蟲』どもの群れと融け合えば、どうなる?」
「痛くはありません。むしろ、快楽を伴いますよ。性交とは、異なるでしょうけれど。肉の繊維が、絡み合い、再構築されていく……」
「……『蟲』に分解されて、組み替えられるんだろ。それが痛くないなんて嘘だ」
「仮に、痛くても、問題なんてないでしょう。ビビアナさんのためなら」
「……そう、だな。だが、ビビを解放してくれる保証は欲しい。犬死にしたくはない」
「信じてもらうほか、ありません」
「……死ぬのに、か」
「ええ。女神イースの『器』となるのです。世界を、救うために。お覚悟を」
「……アンタは、『カール・メアー』の、残酷だがマジメな巫女戦士か。彼女たちの全員を知りはしないが、一人はよく知っている」
「フリジア・ノーベル、ですね」
「……あの子は、真っ直ぐだ。アンタも、真っ直ぐだろう。他人や大義のために、嘘をつくことがあるかもしれないが。あったとしても、そういう自分以外のためだ。フリジアを信じているからこそ、アンタのことも、信じてやろう」
「いい判断です。フリジア・ノーベルも、役に立ってくれますね」
「……いい子だ。殺すなよ。約束でいい。口約束だけでいい。ビビと、フリジアと、ミアを殺すな。これが、オレの死ぬ条件だ」




