第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百二十三
「さあ。覗いてみなさい。メダルド・ジーの救済を」
―――リュドミナは、ビビアナの願いを叶えてくれる。
『カール・メアー』の巫女戦士の視界を、彼女は見せてくれたのさ。
迫る敵との戦いに備え、『オルテガ』の街並みはあわただしい。
徹夜気味の城塞再建作業は、もちろん今この瞬間でも続いている……。
―――その作業のすぐとなりを、『ルファード軍』の戦士たちのそばを。
心を乗っ取られた巫女戦士が歩いていく、誰にも咎められることはない。
巫女戦士は尼僧の服を着ていなかったからだよ、ただの一般人に成りすましている。
しかも、ごくありふれた人間族の女性だからね……。
―――この若い女が、一体どれだけの脅威なのかを誰も認識できなかった。
『蟲』という力を駆使すれば、どれほどのスパイ活動がやれるのかという実例だ。
『帝国軍のスパイ』が、『ゴルゴホ』と結託した理由がよく分かる。
彼らもリュドミナほどには、『蟲』を制御してはいないだろうけれどね……。
―――これは、いわゆる『潜在的な脅威』の度合いを教えてくれるものだ。
『蟲』の力が、本当に軍事的・政治的に活用され尽くしたら?
人類にとっての危機にだって、なるかもしれない。
今のところ『蟲』はヒトの『道具』だけれど、それは永遠なのだろうか……。
―――ボクはあらゆる生物が、奴隷のような地位を受け入れ続けるとは思わない。
この異常な潜伏能力があり、ヒトの精神を真似したり伝達したりして。
果ては、『ヒトの願いを叶える種類』の『ゼルアガ/侵略神』の力まで有している。
ハッキリと言えば、この『蟲』は『ゼルアガ』そのものだってことさ……。
―――『ギルガレア』は善良だったけれど、それでもヒトの意志に歪められた。
その『ギルガレア』が生み出した『蟲』は、どれだけリュドミナの悪意に染まったのか。
ただの『道具』でいれば幸いかもしれない、自我を持って人類の敵になったなら。
誰に寄生しているのか、容易に見抜けない敵が誕生するのかもしれない……。
―――考え過ぎなら、それでいいんだけれどね。
『ルードの狐』としてのボクは、備え過ぎるほどに備えるのも仕事なだけだ。
とにかく、巫女戦士は誰にも怪しまれないまま道を進んでしまう。
ときおり舌打ちするように、舌と唇を動かしながらね……。
「音で、探っているのね」
―――ビビアナは賢く、リュドミナは異常なまでの音楽的な天才だった。
猟兵もやれる技巧の一つさ、『そよ風』を放って反響した音を探る。
リュドミナのそれはボクらの技巧の、はるかな上位互換だ。
どうやら『蟲』の『歌声』を放ち、メダルドの体内に残る『蟲』に命じている……。
「……ああ。そっちにいるのね。今すぐに、会いに行きますよ。メダルド・ジー」
―――孤独な戦いを続けるビビアナは、ゾッとしていたよ。
何せこの巫女戦士の声が、『リュドミナそのもの』だったから。
『蟲』と暗示と呪術を使いこなせば、ヒトをここまで『改造』できてしまう。
猟兵ならばともかく、ビビアナのような商人の乙女が立ち向かうには大きな敵だ……。
「そんなに怖がらなくても、いいのよ。ビビアナさん」
「怖くなんて、ないわよ。アンタが、バケモノじみているのは、とっくに承知していたんだからね……」
―――自分に言い聞かせながら、覚悟を奮い立たせる。
見なければならない、何か対抗策を掴む必要があるのだから。
メダルド・ジーに近づく巫女戦士を、誰もが止めらない。
気づいていないからだ、誰もが『蟲』を見抜けない……。
―――ジャンの嗅覚ぐらいしか、方法がない状況だ。
それも完璧な対処とは言い難い、ジャンは一人しかいないし。
すべての『蟲』を感じ取れるとも、限らないからね。
この状況は知っていない限り止められず、知っているのはビビアナだけ……。
―――勝つ方法を、探さなければならない。
勝てなくても、妨害する方法があればいい。
まあ、とても簡単な方法が一つあるけれどね。
ビビアナは賢いから、それに気づいているし準備中だ……。
―――商売というのは、詐欺と博打。
神聖な女神の教えとは、反りが合わないところもある。
リュドミナは気づいていないかもね、商人の本質までは。
いずれにせよ、巫女戦士は困ったことにメダルドの隠れる屋敷に到着する……。
―――護衛たちも集まってはいるが、その人数はあまりにも少ない。
たったの5人しか、集めていなかった。
メダルドの命令だよ、自分のために割く戦力を極力減らしたいんだ。
ジーの一族が売り払った亜人種たちが、『カール・メアー』に殺されている……。
―――『人買い』という罪科の重さを、少しでも軽くしたいと願っていた。
もっとわがままになっても、良いはずだったが。
その権利があるなんて、思えないのだろう。
自罰的になっているのも、『蟲』のもたらす『心臓』の異変が効いているのか……。
―――あるいは、たんに彼が責任感の強い男だからか。
愛する者のために、生きた男だ。
死ぬときだって、ただそうしたいだけなのかもね。
いいヤツだが、もう少し護衛はつけていて欲しかった……。
―――巫女戦士が護衛たちに近づき、腕を振るう。
ミアに外されたはずの関節も、『蟲』のおかげか完全に修復していた。
驚異的な速さで、毒針が投げられている。
それらが護衛たちの首筋に命中し、彼らは瞬時に卒倒した……。
「こ、殺したの!?」
「眠らせた、だけですよ。『カール・メアー』は、人間族をむやみに殺しません」
―――引っかかる物言いではあるが、とりあえずは安心することにした。
次から次に護衛は眠らされてしまうものの、死者がいないのはありがたい。
巫女戦士は、足音を消して屋敷を進んだ。
常人には聴こえない『蟲』の導きに従い、迷わず歩き続けたよ……。
「見つけ、ましたね」
「……っ!!叔父さま……っ」
―――メダルド・ジーは、すっかりと憔悴し切っていた。
ミアが出発したあとで、多くの悪い追加情報が届いている。
エルフの薬草医が負傷した事実も、彼の心を苦しめたんだ。
愛は自由だね、本当にどこにでも市民権を持つ……。
―――彼女の名をつぶやいて、亡き妻の名もつぶやいた。
いつものとおり愛は重く、何よりも尊かったよ。
ビビアナの胸は痛かった、恋を成就し始めている乙女にはメダルドの愛が理解可能だ。
メダルドは、祈らなければならない者が多すぎる……。
―――だが、そんな愛情深い男が最も祈っているのがビビアナだった。
ジーの屋敷で起きてしまった多くの悲劇と、混沌とした状況。
多くの痛みと苦しみがあるが、今は死者たちにビビアナのために祈る。
すべての時代がそうあるように、祈りを叶えてくれる神さまは不足しがちだ……。




