第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百十七
―――世界は不完全で、狭さがあった。
多くの種族が共存するよりも、単独の種族が独り占め出来た方が楽なのだと。
『カール・メアー』とファリス帝国は望んでいて、そのための戦争と虐殺までしている。
それだけ多くの支持者を得ている、政治的な判断でもあるのさ……。
「ユアンダート陛下は、敬虔なイース教徒です。大陸制覇も目前。亜人種の掃討も、大きくはかどってはいますが……亜人種たちの抵抗も強まった」
「ソルジェ・ストラウスもいる。亜人種びいきの男だ」
「彼にそそのかされてしまっている。あの竜に、亜人種たちは間違った希望を抱いてしまった」
「まさか帝国に勝てるなどと、夢を見ているのかもしれませんなあ」
「ありえないことです。ありえない、ことでしたが……『プレイレス』を奪い取ってみせた」
「反帝国の力を集めているだけですよ。帝国に敵対する勢力がいるからこそ、連中は集まった。『プレイレス』自身の力です」
「ひと時の気の迷いだと、私も考えています。人間族が亜人種を受け入れるなど、ありえない。歴史は、常にそれを否定していますから。でも……」
「……『でも』。少なからずの例外が、積み重なりつつあるのも事実だ」
「そうです。だからこそ、女神イースの顕現が要る。女神イースの御力と、顕現による人間族の結束が必要なのです。それこそが、戦いの被害も最小限にします」
「戦が、減ると?」
「亜人種たちと混ざり、抵抗勢力が強まれば何が起きるのか……そう問えば、貴方にならお分かりになるでしょう」
「抵抗が強まりますなあ。ソルジェ・ストラウスどもを旗印にして、亜人種どもの国が同盟を作り上げている……ああ、なるほど。たしかに、連中が戦力を強めるほど、帝国との戦いは、むしろ『長引いてしまう』……」
「その通り。ソルジェ・ストラウスも、亜人種たちの結束も……闇雲に、戦火を押し広げ続けるだけになる」
「慈悲深い判断ですな。『そうならないように』、あえて女神イースの力で亜人種を滅ぼす!」
「長引く戦火で、大勢の命が失われてしまうのは不幸なことですから」
「より少ない被害で、大陸が平和になるのはありがたいことだ」
「諸宗派の統一についても、成し遂げるべきです」
「イース教の、統一と……」
「現状、あまりにも多く、宗派が分かれてしまった。これでは、調停役としての力も失われる」
「調停役、つまり。イース教による、国家間での平和交渉を?」
「厳律修道会も帝国内で大きな力を保っている。帝国の古い貴族に対して、彼女たちの影響力は強い。医学会にも……このまま、宗派における対立が深まれば、大陸の平和をイース教が主導できなくなってしまう」
「たしかに、私も……多くの宗派のあいだで揺れ動く身でございました。女神イースを信仰していることに変わりはありませんが……帝国内の貴族でも、それぞれに宗派の違いがある。これでは争いが起きかねませんなあ」
「それを予防するためにも、宗派の統一のためにも……最善の策は、女神イースの再臨」
「……女神に全てを、委ねればいい……なるほど。僧侶らしい世界平和の論法に想えますよ」
「政治だけでは、救えません。人種の浄化戦争だけでも……女神イースが直接、この世界に君臨していただければ……私たちは最も正しく、最も幸福に生きられる。誰もが、孤独を感じることもありません。女神イースの慈愛と共に、生きられるのですから」
「……皇帝ユアンダート以上の、『権力』ですな。まさに、唯一にして絶対の女神」
「これ以上の平和など、ありえません」
「貴方は、それを成し遂げられるのですな」
「カニンガム殿も、この大いなる運命の一部となったのです。私の計画を、支持してくださいますね」
「もちろんですとも。そのために、この地下を進んでいる。貴方のために、盾となることも……ッ!?」
―――爆発の音が背後から聞こえ、カニンガムの顔が青ざめる。
何が起きたのかについては、すぐさま想像がついた。
猟兵が追いかけて来ているんだよ、ジャンの鼻からは逃れられない。
陽動作戦にいつまでも引っ掛かっているほど、ソルジェの判断力は甘くもない……。
「……貴方の護衛も、殉教なされました」
「追い詰められたときは、自爆するようにと教え込んでいたのですが……いい男だった。ああいった命令を体現してくれる者は、十人のうちの一人か二人に過ぎません」
「女神の慈悲は、彼の魂を救います」
「……いよいよ、追い詰められましたな……」
「怖がらないでください。『オルテガ』に、私の『分身』は届きつつあります。保存されていた、レナスの『歌声』も……『心臓』のすぐそばに……」
「『分身』。『蟲』を使い、記憶や性格を保存していたもの……」
「『蟲』以外にも、一種の催眠も用いる必要がありますが……現状、私の人格は……『三人』います」
「それは、具体的には……」
「ここにいる『私』。ビビアナ・ジーに宿った『私』。それと……『私の部下』……」
「『カール・メアー』の、巫女戦士……?」
「『オルテガ』に、配備していました。こちらの計画については、知りません。ですが、私が、しっかりと潜在意識に仕込んでいた……」
「つまりは、洗脳……」
「ええ。少しばかり、乱暴な『改造』かもしれません。敵に殺される可能性を想定していましたが……『まだ生きていたので、今まさに、『蟲』で殺している最中です』」




