第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百十四
―――カニンガムは邪悪な商売人のようだが、今のビビアナには好都合だ。
視界を覗き見てはいるものの、それだけに過ぎない。
リュドミナと話術の勝負になれば、今度は負けないつもりではあるけれど。
状況へ介入できない以上、受け身に回るほかないからね……。
―――『売り物』の商品価値を高めるため、リュドミナを知ろうとする。
カニンガムの行為に、期待するしかない。
嫌悪感があったとしても、そこはビジネス。
商売はいつだって、詐欺と博打の要素を含むものだ……。
「私に『探り』を入れているようですが。その意図をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「より敬虔なイース教の信徒になるためですよ。他意は、ありません。探っているのは、ただ貴方の願いを叶えるため。私は、サービス業なのです。顧客に満足していただける『商品』を提供したい。最高の、『料理』をね」
「……『料理』、ですか」
「貴方を、調理したいわけではありませんよ。貴方に、味わってもらいたい。私が提供できるあらゆる行いを、最良の味付けにして」
―――リュドミナは動じることはないが、ビビアナは恐怖を覚えた。
商人同士、より感じ取れる本意というものがあったからかもしれない。
否定の言葉が、そのまま否定を表現するとは限らないのだから。
ビジネスには、いつでも偽りと演技が含まれる……。
―――食べるつもりでも、あるかのようだ。
リュドミナを見つめる眼は、薄暗い闇のなかでもギラギラとしている。
尼僧であるリュドミナに、その欲望のかがやきを理解することは難しい。
男が女性に持つ欲望にも似ているが、それとはやや異なる視線だ……。
―――自分の魅力をも武器にして、世渡りしてきた商人ビビアナには理解が及ぶ。
舐め回すような視線は、性的なものだけではない複雑さを帯びていた。
『人買い』がする視線の動きにも近く、家畜業者の視線にも似ている。
料理人が食材に使う視線があるとすれば、こういうものかもしれない……。
「リュドミナ殿は、私を信用しておられないようです」
「……信じていなければ、この地下通路に入りはしないでしょう」
「……そう、ですかな。それならば、よろしいのですが。私は、まあ、疑われてもしょうがない生き方をしてきましたので。聖なる生き方とは、とても言えないものですから。多くを、教えていただき、導いて欲しいのです」
「……私の能力を、より多く知りたいと」
「知られて、困るような事実があるのでしょうか?聖なる秘匿された力や、使命が?」
「……いいえ。ありません」
「ならば!どうか、お教えいただきたい。貴方のために、尽くしたいのですよ。リュドミナ殿。私に洗礼を下さった、聖なる師に対して、やれる限りをいたしますので」
「……ソルジェ・ストラウスは、こちらの戦士たちを倒し尽くしました」
「地下の通路からでも、『蟲』の視界とつながれるのですな」
「音でも、伝えられるのです。呪術だけではない。『蟲』の放つ微弱な振動の音が、私の内部に宿る『蟲』にも伝えられる。これは、『蟲』の雌雄が伝え合う交信を、応用したものですね」
「なるほど。繁殖のための、求愛の音でしょうかな」
「そうです。これは、求愛するオスの鳥のような歌声ですね。『ゴルゴホ』から得られた知識に、『蟲』を効率的に増やす方法がありました」
「私は、知りえていなかった情報ですなあ。さすがは、リュドミナ殿。多くの情報源をお持ちのようです。後学のために、諸々と、ご教授いただければ幸いですが……」
「情報源についてまで、明らかにする必要はないでしょう」
「そう、ですな。とりあえずは、『蟲』にまつわる能力が知りたい。ああ、それに。敵の動きについても……ソルジェ・ストラウスどもは、今、何をしておるのですか?」
「……ブドウ畑を見ていますね。貴方が、部下に火をつけさせた」
「よく、燃えておりますかな?農民どもは、それを消すため、集まっておるでしょうか?」
「貴方の思惑の通りに。かなりの大人数が、竜や猟兵たちを恐れることもないまま、家から出てあたりを駆け回っています……」
「混乱が起きている!すばらしい。いい目くらましとして、機能しているでしょう」
「そうです、ね。農民たちは、悲痛の叫びをあげています。ソルジェ・ストラウスが焼いたのかとも嘆く者も……」
「そんな『無礼者』を、騎士や貴族は許さないものですなあ。ソルジェ・ストラウスは、農民どもを虐殺してくれておれば、少しは時間稼ぎとなるのですが……」
「いいえ。それは、していません。農民たちも、ソルジェ・ストラウスに近寄れない。おびえているのです」
「ふむ。何もすることなく、恐怖を与えられる。なかなかの戦士ということでしょうか」
「威厳を使っているようです。あれは、騎士というよりは……もはや……」
「……『王』、ですかな?」
「……『魔王』ですね。亜人種どもと、融け合うような道を歩む。かつての、ガルーナ王も、そういう道を進んだ。だからこそ……彼も」
「『魔王』と呼ばれた。そう、そうでしたなあ。亜人種らと混ざり合おうとする王は、いつでも世に災いを招いたものです。この『オルテガ』でも、そうでした。『蟲の教団』も、そうですよ。人種の壁を越えようとすれば、必ず、災いを招いた……」
「人種は、一つだけでも十分なのです。亜人種は、この大陸には不必要ですよ。災いの原因を消し去るために……女神イースに人種の浄化を願うべきでしょう」
「浄化、ですか。それは素晴らしい響きを持っています。どうなさるつもりで?」
「供物となってもらえばいい。女神の秘匿された術には、そういった力もある」
「『カール・メアー』にのみ伝わる、伝承というものでしょうか」
「『カール・メアー』以外にも、いくつかの古い宗派には伝わっている秘匿された教えや術があるものです。それらを、否定する新しい流派もありますが……『カール・メアー』は、それらを拒絶し、真なる旧き教えのまま……女神イースが統べる世界に戻すのです」
「かつては、女神イースは肉体を持っていたと……?」
「ええ。精神的な救いではない。女神イースは……肉体を有していた。その肉体は……ヒトの女のそれだった……」
「ヒト、ですか。女神が、ヒトの肉体に……宿っていた?」
「『カール・メアー』の秘匿伝承には、そうあるのです。それを、今、貴方に教えている。それがどういう意味があるのか、どれほどの価値がある行いなのか。理解してください。これは、貴方の献身に対して、私が支払える大きな対価なのです」




