第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百十
―――強制的な戦いが始まった、『蟲』に自分を喰われてしまった者たちが突撃していく。
ボクたち戦士という者たちは、いつも戦いのなかに生きているけれど。
あくまでも自分の生き様を表現してもいるんだよ、それこそが本当の戦いだから。
でも、これはあまりにも違っている……。
―――脳を『蟲』に喰われながら、無理やり体が動いたとしても。
例え、それがどんなに速くて強かったとしても。
そんなものは真なる戦いとは言い難い、とんでもない冒涜だ。
戦いの場における命のやり取りというものは、もっと崇高であるべきだよ……。
―――絶対的な死の道に挑むとき、さまざまな感情のほとばしりがある。
恐怖や怒りや希望や絶望、大きくて強くて。
どれもが固有の人生が与えた痛みに由来する力で、それはとても美しいものだ。
ボクたちはそれをやり取りすることを、本質的に喜んでいる……。
―――戦士だからね、戦いというものを愛しているよ。
殺し合いなんていう邪悪で野蛮な行いのなかでしか、交わせない言葉もある。
でも、これにはそんなものが一切なかった。
もちろんボクだけじゃなく、猟兵ならば全員がこの突撃に嫌悪っを抱く……。
「何とも空虚。面影よりも、激しいですが……本人の心の残骸さえも、残ってはいませんね。どれもが同じ動き。ああ、何とも、醜い」
―――レイチェルは、この敵の動きが『醜い』と感じる。
レイチェルはヒトの動きから、感情や思考を読み取ることに長けているからね。
サーカスのアーティストらしい洞察で、『どのバケモノも同じ動き』と察した。
『蟲』たちは統制され過ぎているからだし、『蟲の教団』と哲学が違うからだろう……。
―――『ゴルゴホ』はあくまでも、『生命を継続するのが目的』だ。
『蟲の教団』は信者たちの記憶や性格、つまりは魂を保存するのが目的だよ。
あくまでも個々の性質を、『面影』として残してはいたんだ。
『ゴルゴホの蟲』は、患者の魂なんて気に留めることはないのさ……。
―――『ギルガレア』に起源を持つ二つの『蟲』が、長い歳月の果てに枝分かれした。
どちらも、それぞれに与えられた役割りのためにね。
それぞれに信じる正義はあるだろうが、レイチェルからすれば『醜い』の一言だ。
ヒトの感情や記憶を帯びていない動きなんて、やはり芸術からは遠いものだよ……。
―――『諸刃の戦輪』と共に、レイチェルは踊る。
どの個体も画一的で同じ動きということは、テンポもリズムも読みやすい。
紙一重を狙い、より深くて獲物に接近しながら斬って裂く。
普段の敵にもやれるけれど、今はもっと楽に倒していたよ……。
―――いつもは、戦う相手から感じ取ろうとするからだ。
レイチェルは激しくて厳しいけれど、やさしくもあるからね。
殺す相手の動きが表現しようとするものを、理解したあとで殺す。
その行程を無視しているから、いつもより余裕があるのさ……。
―――普段は『手加減している』わけじゃなく、彼女は芸術家なだけ。
戦いの最中であっても、レイチェルには大切にしたいことがあるのさ。
今はそれが相手から感じ取れないから、容赦なく叩きのめして壊しているだけだ。
まるで虫けらのようにね、『人魚』の身体能力で蹴散らしていく……。
「つまらないから。さっさと終わらせてあげます」
―――当然、レイチェルも怒っているよ。
『面影』を嫌うぐらいだから、この虫けらに操られるだけの死体も嫌う。
ニセモノが本当に嫌いだからね、芸術家らしい怒りかもしれない。
だから見せつけるように、悲しい死者たちの目の前で踊った……。
―――リュドミナも一種の芸術家ではあるから、レイチェルの怒りを嗅ぎ取る。
軽蔑されていることを知るが、リュドミナの正義は揺るがない。
あらゆる命が女神イースのために犠牲を支払うことは、何より正しいのだ。
『生贄』と成り果てた戦士たちには、リュドミナなりの敬意も注がれている……。
「戦ってください。女神イースのために、一秒でも長く敵を足止めするのです」
「あちらに戦力を割くわけにはいきませんからなあ。あらゆる戦力を用いて、リュドミナ殿の御命を長くもたせなければなりません」
「孤独な、戦いではない。それとは、まったくの真逆」
「ですなあ。彼らは、女神イースのために死ぬのですから。女神とのつながりが、これほどの深みを帯びる。それは何よりも幸せなことでしょうとも」
―――時間稼ぎにしかならないと、リュドミナも知っていた。
『帝国軍のスパイ』が『裏切る』可能性も、これで潰している。
冷静な判断力は生きているよ、真の指揮官とは呼び難いものではあるけれど。
十分に有用な戦術ではあった、怯えて投降する兵よりは確かに強い……。
『せ、せっかく!せっかく、い、生き延びられる道を、選ぼうとしていたのに!!ほ、捕虜になって、生きてもいいじゃないか!!ど、どうして、わざわざ、死なせるような真似を、するんだ!!』
―――戦術眼を鍛えつつあるジャンには、リュドミナの作戦は見える。
『ただの時間稼ぎ』にしかならない強さしか、こいつらにはないからだよ。
援軍も来ない、孤立させられたままで『蟲』に操られる。
ジャンは目の前にいる戦士たちに同情しながら、怒れる牙で粉砕していった……。
―――噛みついて、つぶして。
振り回して、叩きつける。
圧倒的な破壊、怒りのまま暴れる『巨狼』は神聖な怪物そのものだ。
リュドミナは、この戦士から『ギルガレア』を感じている……。
「……『罪科の獣』……罰を、与える神の獣……いいえ。ただの、呪われた血族でしかない。『熊神の落胤』も、ただの異教の伝承に過ぎません」
「帝国軍のなかには、熊に化ける男もいたと言いますから。獣に化ける猟兵がいたとしても、おかしくはないでしょう」
「敵も、力を必死に集めているというわけですよ。カニンガム殿、こちらは……」
「ええ。もうすぐ、準備が出来たでしょう。そろそろ、出かけるとしましょう。地下から、逃げるのです」




