第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百九
―――『ゴルゴホの蟲』の運用方法は、かなり研究されている。
『蟲』と相性が良いのであれば、最高の『蟲使い』として臓腑や筋肉や骨さえも。
『蟲』で置き換えてしまえるほどに研究されている、あくまでも『医学』だからね。
ヒトを『健康体に保つ』という哲学が、研究の方向性を導いていた……。
―――ボクたちの思う『一般的な医学』とは、ちょっと違うかもしれないけれど。
古来、医者の言うことを聞かない患者は多いものでね。
治療拒否、それもまた一種の病気の症状とも言えるし自己主張だ。
健康になれるからって、全身の肉や骨を『蟲』に変えることを拒む患者だっている……。
『ゴルゴホ』の医者たちは、そんな治療拒否患者に対しても研究していた。
『最高の患者』の条件があるとすれば、『医者の言うことを確実に聞く患者』だよね。
医者の命令を聞くのが嫌いな者も現実にはいるからね、『強制的に治療する』のも手だ。
つまりは『蟲』による、精神操作も連中は研究してしまっている……。
―――医学という行いの一側面において、その哲学は正しいかもしれないよね。
『蟲』で治療されるのは肉体だけでなく、患者の『心』も同じだ。
医者と患者による、最高の協力体制と言えるものだから。
病気の治療を考えれば、それはある意味で最適解だった……。
―――でもね、大きな問題があるよね。
一般的な人々は、絶対にこう考えるんじゃないかな。
身も心も『蟲』に支配されるのは、絶対に嫌だと。
それで大きな病気が治るのならば、受け入れてしまうかもしれないが……。
―――治ったとしても、そのときの体や心が『本当に自分のものだろうか』。
どこまでのパーセンテージで、自分自身の肉体が残っていれば自分と言えるのか。
何とも哲学的な悩みを抱えるだろう、ヒトには尊厳があるからね。
でも、『ゴルゴホ』は患者の言い分よりも自分たちの医学の道を追求している……。
―――『ゴルゴホの蟲』にも、ヒトの心を支配する能力があるよ。
『蟲の教団』のそれよりも、より進化しているかもしれない。
『問答無用の強制医療』のために、多くの実験台で研鑽して来たのだから。
『帝国軍のスパイ』の体内で、そうならないように普段は抑えていたとしても……。
―――今は、『蟲』に命令可能な詠唱長リュドミナがいる。
普段は『患者が死ぬまでガマンさせている機能』を、解放されることも可能だった。
それは、おぞましい悲劇に他ならないよ。
『帝国軍のスパイ』らは、その肉体の奥底で『蟲』の暴走を受ける……。
「う、うぐう!?」
「なんだ、これ……ま、まさか……ッ」
「『蟲』が、あ、暴れているのか……」
「嫌だ、やめろ。こんなの、聞いていないよ!!」
―――体の奥底で、生きたまま『蟲』の群れに動かれる。
脳が『心』を司る臓器だというのならば、脊髄に寄生するこいつらは。
背骨をさかのぼるようにして、人体を駆け巡りやがるのさ。
神経のかたまりを掌握するために、背骨を破壊しながら頭蓋骨の中にまで侵入する……。
―――それが、どれほどの痛みなのだろうか。
自分の内側が串刺しにされるような痛みなのか、あるいは破裂するような苦しみか。
いずれにしても、同情を禁じ得ない。
『ゴルゴホの蟲』は、そのおぞましい狂暴性を明らかにした……。
「奪ってしまいなさい。すべてを。聖なる戦いのための、兵士として。その者たちの命を使い尽くすのです」
「……ああ。美しい言葉ですなあ。心に響きますよ。洗礼を浴びて、真のイース教徒となれた私には、彼らが羨ましくて仕方がない!!いいですなあ、殉教とは!!」
―――クリア・カニンガムは、何とも大げさだった。
その態度が演技であることを、賢い者たちは見抜いているよ。
リュドミナも、その視覚を奪い取るようにして盗み見しているビビアナも。
商人の身震いが感動ではなく、ただの『欲望』に由来した興奮だと見抜いていた……。
「生きたまま。最高にフレッシュな肉体!!それを、内側から、喰らい尽くす!!その味は、果たしていかほど美味となるのか!!」
―――『料理人』としての性格、ではなくて。
もっとおぞましい邪悪さが、この男を興奮させているのだろう。
狂気に真の理解者は現れにくいものだけど、彼もまた孤独な追求者だ。
変わり者のボクでさえ、ヒトを内側から喰らい尽くそうとする『蟲』に共感しない……。
「さぞや!さぞや、美味しいでしょうなあ!!」
―――激痛にうめき、あるいは叫びながら。
『蟲』に魔力を吸い上げられた帝国人らは、地獄の苦しみと共に姿を変える。
骨も肉も皮も、臓器さえも。
強制的な『体内からの手術』と、『蟲』の爆発的な繁殖の苗床となった……。
―――彼らの戦友たちが変異したバケモノよりも、はるかにおぞましい形状だ。
長く刺々しい甲殻が、体中を突き破る。
戦いに有益な『リーチ』を、無理やり与えるためだ。
苦しみと痛みと嫌悪と絶望、そして怒りを不幸な者たちは叫ぶ……。
「いやだああああ!?こ、こんな、こんなのに、なりたくない!!」
「痛い、痛い!!オレを、内側から変えないでくれ……」
―――その叫びは、彼らの最後の自己主張となる。
脳に達した『蟲』どもは、彼らの心さえも『手術』で変質させるのだから。
心までも、奪われてしまう。
『蟲』ごときに、自分が食われて変えられていくなんて……。
「きっと、きっと!!最高の味でしょうなあ!!いつか、いつか!!私も、味わってみたいですよ!!」
―――戦場は、ヒトの本性を見せつける。
クリア・カニンガムという男は、どうしようもないほど残酷だ。
それに対して、ビビアナはもとよりリュドミナさえ怒りを覚える。
怒る資格はないのだと、自分を責めながらも詠唱長は命じた……。
「戦いなさい。すべての犠牲が、聖なる祝福を紡ぐのです。戦士たちよ、私はこの犠牲を忘れません」




