第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百八
「……私に、気がついているというのですか」
「ソルジェ・ストラウスに、読まれたのですか?……この場所が?」
「いいえ。安心してください。そこまでは、おそらく……ただ、戦い方からでしょうか。それを読まれてしまったようですね」
「戦闘の達人ともなれば、そうなるのでしょうな。分析するほどの余裕があるのか、あるいはベテラン過ぎて、直感で読み解いてしまえるのか……」
―――リュドミナは『蟲』に命令し続ける、ソルジェの竜太刀に斬り裂かれても戦えと。
脊柱狙いの攻撃を避けるために、『間合い』を盾にしろともね。
死体になっても戦わされている者たちの『腕』を、長く長く伸ばさせたのさ。
『蟲』と骨と肉が、おぞましいコントラストで組み直されていく……。
「な、何でだ!?こんな、動きをするなんて聞いていないぞ!?」
「これでは、ば、バケモノじゃないか!?」
「『ゴルゴホ』は、騙していたのか……っ!?」
「嫌だ、嫌だ……っ。し、死んだあとも、あんなバケモノにされて戦わされるなんて!!」
―――ヒトには尊厳があるよ、たとえ戦いのために命を捧げる覚悟をしていても。
このおぞましい姿となってまで戦い続けるのは、彼らだって嫌なんだ。
戦意を失っていくのが分かり、猟兵たちは戦闘の終結を予感する。
交渉してもいいかもしれない、捕虜に出来たならこちらも情報を得られるからね……。
―――いくら覚悟を決めた『帝国軍のスパイ』らの精神力でも、辛い現実だった。
自分の肉体を、あまりにも変異させられるなんて。
そんな結果は地獄だろう、誰だってそんな結末は嫌過ぎる。
誰もがバケモノになってまで、死んだ後も戦わされる地獄を許容するとは限らない……。
―――このままでは壊滅する流れでもある、無意味に死ぬのは戦士の仕事じゃない。
『帝国軍のスパイ』の生き残りが、戦略的な判断をする。
それをソルジェもレイチェルもジャンも、予感していたよ。
『蟲』に操られる死体どもに全力は費やしつつも、生き残りには手加減した……。
―――ソルジェの指揮だったよ、言葉じゃなくて態度で伝えている。
『帝国軍のスパイ』に対しては、油断はしないがリスペクトを持っていた。
因縁がたまりつつある相手だけど、能力も組織哲学の強さも評価している。
帝国軍は憎んでいるけれど、帝国人全てに怒りと憎悪を叩き込む必要はない……。
―――王さまらしい、公平性だった。
復讐者であることだけが、正義じゃないとソルジェも定めつつある。
ソルジェには、とても難しい選択だけれど。
多くの敵との出会いが、この考え方だって許容させているんだ……。
「仲間の合流を待っていたようだが、そいつらはお前らを見捨てたらしい。クリア・カニンガムは、自分だけを守らせるつもりらしいぞ。そんな相手と、心中するのがお前らの死に方でいいのか?考えるときだぜ!!」
―――『正しい王さまの条件』は、たくさんあるけれど。
その一つには、ちゃんと弱者に手を差し伸べられるかというものがある。
残酷な厳格さも必要でありながらも、真なる王道を往く者には寛容な慈悲も要るのさ。
残酷なだけの王が、どれだけ人々の心を束ねられるのか……。
―――厳しさとやさしさ、矛盾するかもしれない力をも併せ持つべきなんだよ。
王さまの道は、決して易しいものじゃない。
どれだけ多くの民に、幸せを与えられるのか。
そんなことまで考えられなくちゃ、単なる愚王でしかないのだからね……。
「ど、どうする……っ」
「……カニンガムは、我々に援軍を出さないようだ……」
「このまま、全滅するだけでは……何にもならない」
「投降するのも、悪い選択ではない、が……」
―――『王者の剣』の威光、それがもたらす結果でもある。
敵は、ソルジェを信じつつあった。
殺し合いながらでも、コミュニケーションは成り立つ。
日常のそれよりは、かなり異質なものではあるけれど……。
「オレは、約束を守るぞ。そっちを一度だけなら信じてやれる!選ぶがいい!!全滅するのか、それとも……オレの名において捕虜となるのか!!」
「……聞いていた以上に、厄介な人物かもしれませんね。敵の心にも、その言葉を届かせるなんて」
「弁論術に、長けた男というわけですか?」
「いいえ。あれは、本気で語っているのでしょう。私には、分かります。演技であれば、もう少し声に違和感が宿ってしまうものですから」
「余裕ぶっているわけでしょうか。あるいは……」
「たんに、信じてやろうとしているのでしょう。恐ろしい敵ですね。あれでは、こちらが誘われてしまう」
―――『帝国軍のスパイ』であっても、絶対の統制なんてありえない。
ソルジェの言葉を、この敵どもは信じて考慮し。
生き延びるための選択を、しようとしたんだ。
彼らにだって家族や恋人がいて、人生の継続を望んでいるのだから……。
「……わ、分かった!!……オレは、もう戦わない!!」
「……全滅することが、組織への貢献なんかじゃない」
「生きて、戻るんだ。オレは、オレには……あの子が……っ」
「ソルジェ・ストラウス!!投降する、攻撃はしないで欲しい!!」
―――もちろん、リュドミナはそれを望まない。
彼女の信仰心は、どんな感情にも揺るがないよ。
必死に生きようとする者たちを、踏みにじったとしても。
この犠牲の果てに、正しい結末が訪れると信じているのだから……。
「……戦いなさい。聖なる女神イースの戦士たちよ。その血を捧げ抜き、聖なる供物となるのです」




