第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百七
―――視界を盗み取ることが可能なら、もっと干渉することだって不可能じゃない。
リュドミナにその能力があることを、どうやらカニンガムは知っていたようだ。
何とも情報収集能力に長けた男なのだろうね、驚異的な達人ではある。
そんな男の目の前で、詠唱長は力を使うことを躊躇いながらも他に道はない……。
―――ソルジェの『王者の剣』は、戦場のあらゆるものを掌握している。
敵を委縮させて混乱させて、猟兵たちの力を底上げしていくのだから。
ここで出し惜しみをすることは、一方的な敗北へとつながってしまう。
リュドミナは違和感を覚えながらも、その力を使うんだ……。
―――違和感の理由は、『王者の剣』にある。
リュドミナも間接的に、『ソルジェに操られている』んだよ。
ソルジェは敵戦力を『引き出しながら個別に撃破したい』と、願っているのだから。
それを招くような力の使い方をした結果、リュドミナも力を使わされていた……。
―――戦場はとても単純だから、強者一人に操られることもあるよ。
リュドミナはそれに不完全ながら気づきながら、戦況に介入した。
『蟲』の力に、ささやきかけるのだ。
とても美しい言葉を、詠唱の技巧で作り上げたのさ……。
「起きなさい。貴方たちは、まだまだ戦えます。たとえ宿主の命が終わっていたとしても、女神イースの祝福がある限り、立ち上がれるのです」
―――歌うような言葉だったよ、それは計算されたテンポとリズムを持っている芸術だ。
すぐとなりにいるカニンガムは、聞き惚れてしまう。
敬虔なイース教徒の心に、この言葉は深く刻み付けられた。
『蟲』を宿したまま、息絶えている者にさえ宗教芸術は届いてしまう……。
―――猟兵に倒されて、戦死した『帝国軍のスパイ』どもの肉体の奥で。
『蟲』は戦闘意欲を掻き立てられた、スパイどもを強化し死亡しても戦わせる。
元々、そういった能力をこいつらは有しているわけだけど。
その機能をリュドミナから送られた命令により、暴走させたのさ……。
『な、何か、変ですけど!?』
「『ゴルゴホの蟲』が、動き出そうとしているらしいですね。ですが、少しこれまでと趣が異なっています」
『ま、前は……奇襲をしてくるだけだったんですが……ッ』
「ええ。これでは、どちらかと言うと……『蟲の教団』の『蟲』たちの傾向」
―――戦術というものはね、大きな組織哲学により定められているものだよ。
『ゴルゴホの蟲』を使った戦術も、本来はもう少し『守備』的なもののはずだった。
死なないように『肉縫い』や『血止め』を、体内から行ってくれる。
そして死んだ後は、地雷のように近づく敵に襲いかかって攻撃を試みるものさ……。
―――とても保守的な戦術であるのが、『ゴルゴホの蟲』だった。
それからの攻撃を避けるために、猟兵たちはあえて死体から距離を取っていた。
巻き込まれないように戦おうとしていたが、これまでとは異なる戦術が目の前にある。
立ち上がり襲い掛かって来る死体、ソルジェは驚きもしなかったよ……。
―――ただ一刀、竜太刀を振り抜いた。
『蟲』が死体を動かすときは、脊柱まわりに寄生することを学んでいるからね。
それが例え『帝国軍のスパイ』の戦術でなかったとしても、問題はない。
竜太刀で脊柱を、縦一文字に裂いてやればいいだけのこと……。
―――『帝国軍のスパイ』の死体の奥底で、『蟲』が瞬殺されていたよ。
ソルジェに向けて襲い掛かっていたが、かすり傷一つつけられなかった。
落ち着いた顔だったが、ソルジェの眼帯の奥にある魔眼は『見つめている』。
真っ二つになって倒れていく敵の瞳を、覗き込んでいるのさ……。
「……ソルジェ・ストラウス。こちらに、気づいているのですか……?」
―――『蟲』の死が、その帝国人の視界とのつながりを遮断してしまう。
リュドミナも芸術の知識が豊富だからこそ、ソルジェの顔の動きで悟っていた。
『見ていた』、いや『見ようとしていた』んだよ。
敵の見せた違和感から、誰かの介入に気づいていたんだ……。
―――ジャンの言葉を、ソルジェはしっかりと覚えている。
『カール・メアー』が、いちばん得しているようだという貴重な指摘だよ。
『オルテガ』周辺で起きた一連の戦いで、彼女たちの被害は比較的少なくて。
狙っていたリヒトホーフェンは倒されている、つまり目的を叶えたのだから……
―――『カール・メアー』の組織哲学として、リュドミナは間違っている。
『蟲』は明らかに『異教』の力だから、本来なら彼女たちは使わないはずなんだ。
それでも、この現実を目の当たりにしたときソルジェの思考は柔軟だったよ。
ソルジェは可能性を許しながらも、戦場特有の合理性のつながりも見抜いていた……。
―――『帝国軍のスパイ』と接触するのは、『カール・メアー』らしくないからね。
『カール・メアー』がどんな目的で、この接触を狙うのか。
『帝国軍のスパイ』を殺すためかもしれないし、利用するためかもしれない。
少なくとも、『カール・メアー』側は異端者を許さないのだ……。
―――異端者で作られた『帝国軍のスパイ』に、好意的なはずもない。
クリア・カニンガムの力だとは、思っていなかったよ。
一瞬だけ考えてはいたが、すぐにその考えを放棄していた。
それは、『絶対にありえない』からだよ……。
―――これをする能力はあるかもしれないが、戦場の様子が性格を証明していた。
クリア・カニンガムとその部下どもが、ここには集まっているはずなのに。
これまで『帝国軍のスパイ』しか、矢面に出て来ていないからだ。
戦のどさくさに商人たちを暗殺して、自己保身に走ったことも知っている……。
―――戦場は、ヒトの本性をいつでも明らかにしたよ。
クリア・カニンガムが、保有している戦力のすべてをどう使う男なのかを。
『自分の保身のためだけに使うヤツ』でると、ソルジェは確信していたのさ。
こういう積極的な『攻撃』をしてくるとは、どうしたって考えられなかった……。
「ただの消去法だ。だが、どうせ当たっていると思うぜ。そこに、いるんだろ。『カール・メアー』」




