第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百五
「何なんだ、こいつらは……ッ。たった、三人で……オレたちを……ッ」
―――視覚の主は混乱していた、『帝国軍のスパイ』の一員ではあるけれど。
その全員が凄腕の戦士というわけじゃないのさ、帝国兵の平均よりは上だが。
ここにいた連中には、交渉役も含まれているというわけだ。
どうやら『カール・メアー』との仲介を、カニンガムに依頼したのかもしれない……。
―――『帝国軍のスパイ』が望んでいるのは、安住の地の確立だからね。
皇帝ユアンダートの庇護下に入るだけでは、安心は得られない。
彼らには異能の力を持つ者たちが少なからず参加し、それらは『カール・メアー』の敵だ。
『ゴルゴホの蟲』の力さえ、『異教活動』として拒絶するだろう……。
―――となれば、この交渉は重要なものになる。
『蟲』に対して『理解がある』ように見えるリュドミナを、味方につけられたら?
『帝国軍のスパイ』たちは『カール・メアー』と、一定の和解を得られるかもしれない。
少なくとも現状よりは、状況が悪化することはないだろうね……。
―――交渉役を派遣するのは、悪くない判断だよ。
『帝国軍のスパイ』が安住の地を得るための、一つの足掛かりになるだろうから。
彼らは戦いだけじゃなく、こういった政治工作にも必死だったらしい。
大きな学びを得たよ、『帝国軍のスパイ』は有能な組織だということを再確認した……。
―――ソルジェもボクと同じだ、『帝国軍のスパイ』の行動力を評価している。
だからこそ、容赦なく竜太刀で叩き斬って回るのだ。
ゼファーに乗って、このカニンガムの拠点へとたどり着いたとき。
ジャンの鼻は帝国軍の鋼のにおいを、しっかりと嗅ぎ取っていた……。
―――上空からの警告を、ソルジェは行っていたよ。
「さっさと降伏しやがれ。そうじゃなければ爆撃してやる」と。
『帝国軍のスパイ』はよく訓練されていたから、交渉には応じなかった。
恐怖を押し殺しながらも、降伏することはない……。
―――民間人の避難勧告も行ったあとで、ゼファーは『火球』を放つのだ。
『帝国軍のスパイ』たちが集まっていたコテージが、その瞬間に吹き飛ばされる。
十数人の敵兵が、その一撃で死んでしまった。
そこから敵兵どもは、コテージから飛び出して散開する他なくなった……。
―――ソルジェとジャン、そしてレイチェルが地上戦に応じる。
逃げ回る『帝国軍のスパイ』に、大した戦力はないと見切ったんだよ。
片っぱしから各個撃破を仕掛け、三人はこの三分間でそれぞれが十人ほど倒している。
『帝国軍のスパイ』は逃げ場を失いつつあり、壊滅寸前だ……。
―――上空を旋回するゼファーは、そいつらがこの戦場から逃げ過ぎたら狩る役目だ。
大きくゆっくりとした旋回、しかもあえての低空飛行だよ。
弓で射られることを狙っているのさ、もちろん当たるつもりはない。
射られても回避する気だし、そもそも狙ってくれるだけでも集中力を奪える……。
『こういうのも、たたかいかただよね。ぼくを、みろ。ぼくを、みろ。『どーじぇ』たちと、れんけいするんだー』
―――ときおり威嚇のために、ガオオオ!とうなるだけでも敵兵の肝は冷える。
『オルテガ』に近づく敵部隊に備えて、魔力は温存するつもりなのさ。
脅すだけでも十分だ、『パンジャール猟兵団』は魔力に頼らなくても十分に強い。
また一人いや二人、竜太刀に斬られて敵兵が少なくなっていく……。
―――複数でかかろうとも、一瞬で打ち崩されてしまう。
竜太刀を受け止めた鋼はへし折られ、それから連携した斬撃で身を裂かれるからね。
攻め込もうとしても、ソルジェの身は器用に踊るからかすりもしない。
ミアも成長しているが、ソルジェもまだまだ成長しているのさ……。
―――『敵を誘い込む』という技巧を、この一連の戦いでさらに磨いている。
強烈な威力で攻め切ることを好んでいるけど、『王』らしい剣も使い始めていた。
『相手を支配する』という意識だよ、態度や構えだけでもそれは成せる。
これまで感情で使っていた領域だけど、今は知性でも使いこなしている……。
「……っ!!く、くらええ!!」
―――ほら、またソルジェに誘われてしまった。
竜太刀をわずかに下げた瞬間、追い詰められていたはずの敵兵が遅いかかる。
絶対に殺されるよりは、万に一つの勝負に賭けるのも悪くない。
隙があるように、その敵兵にだけ見えていた……。
―――いいや、『見せていた』んだよ。
多くの敵兵がいるこの戦場で、ソルジェは狙った敵兵にだけ『隙を見せた』。
だから敵兵どもは困惑している、理解できなかったのさ。
その男がソルジェに自ら突撃していく無謀さが、あまりにも唐突に思えて……。
―――そうなると、『攻撃』の肝である連携というものがやれない。
不揃いにさせられた思考のもとでは、一致した動きなど取れるはずもないよ。
ソルジェはそんな芸当まで覚え始めている、これは演劇的な技巧であった。
マエス・ダーンたち芸術家から、多くを学び取ったおかげだろう……。
―――あるいは、『オルテガ』の議員たちを掌握した政治的な闘争の結果か。
これこそは『王者の剣』とでも言うべき、序列の戦技だ。
敵の行動さえも、ソルジェは操り始めている。
突出してしまった敵兵に対して、最小限の回避と共に放った一刀で仕留めた……。
「ぎゃ、ふうう!?」
―――竜太刀に裂かれた首筋から、大量の血が吹き出していた。
その返り血を浴びないように、わずかに前進する。
立ったまま死に行く男を、『盾』に使ってもいた。
ソルジェを狙おうとしていた敵兵は、その死体が邪魔で矢を放てない……。
「ま、まさか!?こ、これも……オレが、撃てなくなるのも、計算しているのかっ!?」
―――弓を構えた敵兵は、その事実を悟った。
いいや、本当のところはそうじゃない。
ソルジェに『悟らされた』だけだよ、そうなるようにソルジェが望んだ。
敵兵に見せつける横顔に、余裕の微笑みを作るだけで事が足りる……。
―――絶対的な力の差以上の、掌握の力だ。
弓を持つ敵兵は、ソルジェとの能力差を唇の動き一つで思い知らされた。
恐怖が想像力を大きくしてしまい、ソルジェの動きに過剰な集中を強いられる。
ソルジェが望んだ通りに、そいつは恐怖で動けなくなり……。
―――次の瞬間、突撃して来たレイチェルの戦輪によって胴を裂かれた。
即死の慈悲は与えない、レイチェルは帝国兵が大嫌いだからだよ。
それに今は、数だけは多い敵に対しての掃討戦の最中だ。
過度に体力を使うことは、戦略上不利だから『ソルジェが望んでいない』のさ……。
「リングマスターは、また一つ。お強くなられたようですわね」




