第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百三
―――ビビアナは呪術師ではないが、ソルジェの魔眼を参考にしていた。
賢明さの灯りは、未知の領域さえも照らしてしまう。
ソルジェの魔眼のように、リュドミナは感覚を共有しながら。
『蟲』を自分の意のままに操っているのではないか、そう推理をしたのさ……。
―――リュドミナと自分をつなぐ感覚の共有があるなら、それを逆手に取ろう。
こちらが状況を見られているのであれば、その逆も可能ではないか。
ハーフ・エルフゆえに、魔術の才能も持っているビビアナ。
両親からの血は、呪術師の才能も与えていたのかもしれない……。
―――少なくとも『蟲』との相性は、悪くはないだろう。
何せ、ビビアナの母親は南のエルフたちの一人であるのだから。
『ギルガレア』を信仰していた者たちであり、『蟲』はこの神さまの力だ。
自信を深めながら、主導権を奪われたままの肉体のなかで彼女は集中する……。
「……ミア、こいつの……『言わせませんよ』」
「でも、分かる。東。ずっと東。そこにリュドミナの『本体』はいる。きっと、お兄ちゃんやジャンたちも一緒だよ!」
―――目に力を入れようとした、ここではなく遠くを見るように。
はるか遠くを、ここよりもはるかに東の果てだ。
探そうとする、ソルジたちのことを。
リュドミナの感情は分かる、最強の竜騎士が来たのなら恐怖するだろう……。
―――狂信者らしく、自分の命そのものが奪われることは気にしなくても。
自分の使命が失われることだけは、恐怖するのだ。
ビビアナは、リュドミナの『本体』の動きも予測する。
離れようとするはずだ、生き延びるために逃げ出そうとする……。
―――空を確認するかもしれない、空を悠々と旋回する黒い死の影を探すのさ。
ゼファーに見つからないように、逃げなくちゃならない。
無防備なまま屋外にはいられない、いるとすれば屋内だろう。
窓からちらりと上空を見ているかもしれない、と想像力を駆使したとき……。
―――『蟲』はビビアナの意識と、リュドミナの意識をつなげてしまった。
想像した通りに、リュドミナは窓から警戒していたのさ。
ゼファーの漆黒の巨体が、窓ガラスのはるか向こうにある朝焼け空を飛ぶ。
悠々とした動きであり、それは地上を監視する飛び方であった……。
―――真上ではないことを、ビビアナは悟る。
朝陽が作り出す影の角度から、ゼファーはリュドミナより東を飛んでいると気づいた。
見当違いとまでは言わないが、どうにも探索の範囲は正確ではない。
別の場所に、ソルジェたちは向かっているのかもしれなかった……。
「……ソルジェ・ストラウスが、ここに来てしまいましたね」
―――リュドミナ『本体』の声であり、その声がかけられた相手は一人の男。
中年の人間族であり、ビビアナの記憶力は一度だけ見たことがあるそいつを覚えていた。
クリア・カニンガム、カリスマ的な料理人であり宿屋経営者である。
リヒトホーフェンの『調整役』として、この土地で暗躍していた男だ……。
―――ビビアナの聡明さは、遺憾なく発揮される。
『カール・メアー』とカニンガムの接触、そして猟兵の存在から逆算したのさ。
カニンガムとリヒトホーフェンのつながりと、カニンガムらしい裏切りを。
複数の組織のあいだで上手く立ち回り、誰よりも儲けようとしていた……。
「ゲストの貴方を、巻き込むような形になってしまったことは謝りたい。顧客には、安全を提供するのが私のモットーだった」
「信じますよ。貴方が私を陥れるような真似をするとは、思えませんので」
「利益のために、私は生きている。だが、職業人としてのプライドもあるのだよ。顧客には尽くす。残念だ……帝国軍の『特殊部隊』の方々は、リヒトホーフェンの情報を高く買い取ってくれるはずだったのだ」
「私を売り渡す気は、あったのですか?」
「ないさ。どちらも皇帝陛下を信奉しているだろう」
「女神イースを、信仰しているだけです。陛下には、敬意を」
「真なる忠誠は、女神にだけか。美しいのに、残念ですな」
「尼僧を、そういう目で見るのはいかがなことかと」
「確かに。失礼をしてしまいました。危機に陥るほど、どうにも軽口を叩きたくなってしまうのです。ふざけることで、落ち着きを得られる。孤児の処世術ですよ」
「貴方も孤児でしたか。なるほど、『オルテガ』は……戦乱の多い土地ですから」
「ええ。覇権を巡り、多くの国家が私の故郷を踏みにじった。父も母も、戦火に巻き込まれて亡くなったのです。私は、サーカスに売り飛ばされた。悲しい日々でしたよ。何も楽しくないのに、笑顔を強いられる。客のために、自分を無理やり提供される感覚は」
「それでも、今は顧客のために尽くせるのですね」
「自らが主導権を得たとき、サービス提供業は何よりも楽しくなるのです。提供するという行いそのものは、素晴らしい。ヒトに存在価値を与えてくれる」
「正しい成長を、したのですね」
「ええ。私はね、12のときから敬虔なイース教徒でもあるのです。しかし、『オルテガ』において、その事実を明らかにすることは、はばかられました」
「異教が数多く、ある土地ですから」
「そうです。『蟲の教団』の信徒どもの末裔さえ、いた。彼ら自身もそれが何かを忘れてしまいつつも。『オルテガ』は、ずいぶんと文化と思想、宗教が混在した土地になっていた。そこで、効率よく生き抜くためには、イース教徒だと主張することは足かせでした」
「責めたりはしませんよ。それを貴方が恥じているのなら、女神イースは慈悲深さで応じるでしょう」
「……ありがたいことです。さて、一つ、お願いがあるのですが……」
「洗礼を、して欲しいのでしょうか」
―――クリア・カニンガムは、微笑みを浮かべる。
イース教徒にはいくつかの『大切な信仰行事』があって、洗礼もその一つだ。
自らが女神イースの信徒であると、僧侶に告白して清めを与えてもらう行いさ。
カニンガムがそれをしていないことを、リュドミナは見切った……。
「『特殊部隊』の方々が、いまだに交戦中ではありますがね。どうにも旗色が悪そうなのは確か。このまま、死ぬとして……最大の心残りは、洗礼を浴びていないこと。両親に連れられて教会に行くはずだったのですが、その前に……」
「私で良ければ、儀式を執り行います。『カール・メアー』の式になりますが、よろしいのでしょうか?」
「もちろん。最も激しい戒律の体現者ですからな。尊敬をいたしております。リュドミナ・フェーレン殿。多くの罪科を背負った、この商人めに……貴方から洗礼を」
「ええ。クリア・カニンガム殿。『カール・メアー』の尼僧として、女神イースの洗礼を、貴方に授けます」




