第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百九十七
―――『オルテガ』と『ルファード』のあいだを走る馬車は、少なくない。
互いの連絡を取り合う必要があるからだ、『ルファード』でも新しい戦いが起きていた。
南から『蟲』に操られた帝国兵が到着し、戦闘が開始されていた。
情勢はこちらに有利である、老練な南のエルフの戦士たちには賢さがあったよ……。
―――『蟲』のせいで体力は強化されたものの、動きが単調な追跡者ども。
老練なエルフたちは丘を越えさせる道を選び、疲弊させる戦術を採っていたんだ。
毒を帯びた棘が生えた草むらも、走らせてやったんだ。
追跡者どもはエルフたちの魔力に反応し、直線距離を選ぶことに気づいたからね……。
―――彼らは魔力を強めたり弱めたりして、『獲物』に負担を与え続けてみせた。
これは南のエルフたちの個人技でもあるが、こちらへの信頼の証でもある。
過酷な行軍を敵に強いることで、自分たちも疲弊してしまうのだからね。
『ルファード』に到着した彼らの体力は、完全に底を突いていたんだよ……。
―――信じていたのさ、こちらが南のエルフたちを襲うことはないと。
『ルファード』が『人買い』の街というのは事実だ、亜人種ならば警戒する。
まして保守的な南のエルフの長老衆に率いられていた集団なら、なおのこと。
それなのに彼らはこちらを信じ、戦闘する余力を残さなかった……。
「孫の戦いに、報いたのみだ」
―――悪童キーヴィーは仲間に対して、命懸けの貢献をした。
南のエルフたちの全員だけでなく、『ルファード』の戦士たちを守ってみせたんだ。
彼は意地っ張りで、善良な人物とは言い難かったけれど。
行いで人々を変えて、良き『未来』に導いてみせたんだ……。
―――いいリーダーシップであり、彼は大きな遺産を皆に与えている。
死傷者は少ない方がいいのは当然だ、これからも長く戦いは続くのだから。
それに『ルファード』はリュドミナたちの襲撃で、少しだけ混乱してもいた。
南のエルフたちが敵を疲れさせていなければ、大勢死んだかもしれない……。
「キーヴィーの兄貴は、すごいヤツなんだ」
―――ミアに叩きのめされていた、キーヴィーの弟分は涙ながらに語る。
周りの戦士たちが南のエルフたちの功績を褒めてくれるのが、嬉しかった。
自慢したい、自慢に値することだからね。
キーヴィーとその祖父は、『ルファード』攻防戦の立役者の一人だ……。
―――南のエルフたちが誘導した棘のある草むらを、敵どもは気にせず突撃していた。
その棘の生えた草こそが、『ブランガ』の原材料の一つでもある。
『蟲』には特別な威力があるし、棘の草むらは服を切り裂き皮膚に傷も与えた。
『蟲』の強化にも限界はあり、傷つけば一滴ずつでも血が流れてしまう……。
―――強行軍など、兵士にさせるべきではないよ。
『蟲』に蝕まれた知性なき帝国兵どもは、こちらの期待以上に弱くなっていた。
城塞から放たれる弓の一斉射にも、怯むことはない。
それもまたこちらには有利となる、矢がより深々と刺さったからだ……。
―――奇声を上げながらも、突撃してくる。
恐怖を奪ってしまった、豪快なだけの悲しい突撃者ども。
深く刺さった矢の毒に、『ブランガ』やそれを模した毒が塗られている。
『蟲』が苦しみながら、帝国兵どもの体を食い破り外へと踊った……。
―――おぞましい光景ではあったが、戦士たちはひるみも迷いもしない。
城塞を山猿のような勢いでよじ登ってくる敵を、長槍で叩きつけて突き落とす。
熱した油もかけて、まとわりつく高熱で痛めつけてやった。
城塞を登り切った敵にも、隊伍を組んで叩きのめしにかかる……。
―――城塞の死守には、こだわらなかったのも素晴らしい。
南のエルフたちが教えてくれていたからね、この単調過ぎる敵に知性はないんだ。
それならば、あえて市内に引きずり込んでしまっても問題はない。
突撃しかして来ないのなら、懐に敵を招くのも有効な戦術となったよ……。
―――リュドミナが見れば、歯ぎしりをしたかもしれない。
この豊かな包容力と、柔軟な連携を成したものを彼女は嫌うだろうから。
それは各種族のあいだに形成されていた、信頼感だよ。
戦争は破壊だけでなくときには友情も作る、極限を強いれば協力する他ないからだ……。
―――それぞれに正義はあって、それぞれが求める正義の形は違うだろう。
でもね、リュドミナ・フェーレン。
この戦いでは、ボクたちの勝ちだよ。
『蟲』に憑りつかれた帝国兵どもは、協力し合う種族の力にあっさりと打ち砕かれた……。
―――その勝利を告げるために、そして戦力を『オルテガ』に届けるために。
腕に覚えがある精鋭部隊を乗せた馬車が、街道を駆け抜けている最中だった。
フリジアとパロムの姿を見て、彼らは警戒しない。
もちろん、『カール・メアー』の『裏切り者』がいたことは知っていたよ……。
―――それでも、パロムという亜人種がとなりにいてくれたから。
フリジアを『裏切り者』だとは、思わなかったんだよ。
彼らはフリジアに襲いかかって、殺してしまうという選択をしないで済んだ。
リュドミナは悔しがるだろうね、ボクたちの力の質に対して……。
―――多くの種族が紡いでくれた絆こそ、こちら側にとって最強の力なんだよ……。
これはたんなる幸運じゃなくて、たくさんの人々が互いを信じた結果だ。
誰かを信じることは、難しいかもしれない。
それでも信頼が重ね合わさったそのとき、ヒトの群れは強さを帯びる……。




