第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百八十六
―――戦術には『攻撃』と『守備』の質があってね、戦士はそれぞれ得意な方がある。
ミアが得意とするのは、『攻撃』の方だよ。
これは連携して、有効打を積み重ねていくことで強さを得るのが特徴だ。
知的な人物だとか、状況を幾何学的に把握する能力が高い者に向く……。
―――猟兵として幼いころから育てられたミアは、とっくの昔にベテランの知覚を持つ。
敵や味方が、どのあたりをいつ動くかについて直感的な把握が可能だよ。
だからこそ、リュドミナに逃げられてもあわてることはない。
ビビアナを抱えたフリジアの前に出て、誘導を始める……。
「行こう。私について来てね」
「ああ。ビビ……動かすぞ……」
「意識は、まだ戻らないんだ」
「うん。だが、大丈夫だ。どうにか、なる」
「私たちは、皆と連携できるから。安心してね」
「……ああ。私は……裏切ってしまったが……」
「ビビのためだから、しょうがない。私が、許す」
「……ありがたいな。ありがとう。さあ、進もう」
―――開け放たれたドアを通り、地下の空間に出た。
リュドミナの気配は、当然ながらそこにはない。
とっくの昔に、階段を上って外へと出ているようだ。
ミアに勝てるはずはないと判断したのだから、当然だよね……。
「あいつは、ここで薬を作っていたんだね?」
「そうだ。魔力も体力も、消耗していたのだが……それを回復させたようだぞ」
「動物の血でも、飲んだのかな」
「血で作られた薬品かもしれない。血のにおいは、そんなにしない……」
「ここは、『カール・メアー』の拠点だった。いつからか、この地下を掘っていたみたい」
「私は、知らなかったぞ。『カール・メアー』の巫女戦士だったのに……」
「一枚岩じゃなかった。とくに、あのリュドミナってヤツは、何だか僧侶っぽくない」
「狂っているのだ。あいつが、あわれなレナス・アップルを変えてしまったのだ」
「……レナス・アップルでもあるって、どういうコト?」
「うむ。さっきのあいつそのものは、レナス・アップルの肉体だ。だが、詠唱長の知識か何かなのだろう。洗脳したのか、呪術なのか……心に、寄生したようだ」
「心の、寄生虫……?」
「その言い方は、とてもおぞましいな。だが、当たっているかもしれない」
「何だか、このあたりは『寄生虫』ばっかりだね」
「そうだな。きっと、全てはつながっている」
「うん。そんな気がする。まだ、『寄生虫ギルガレア』を巡る戦いは続いているんだ」
「ああ。リュドミナは、リヒトホーフェン並みに『寄生虫』を使いこなしている……」
「リヒトホーフェンたちの研究を、かなり把握していたんだ」
「ボーゾッド伯爵と、協力していたのかも……『カール・メアー』の威光を使えば、帝国貴族と接触するのは容易い……」
「リヒトホーフェンたちは敵のボーゾッドに、『寄生虫』の研究をさせてた。『懲罰部隊』やセザル・メロを渡すことで。リヒトホーフェンも、ボーゾッドに寄生していたみたい」
「そ、そうだな。まるで、宿主を操る『寄生虫』のような……」
「……心にも、ヒトは寄生できるんだね。リュドミナは、どうやったの?」
「詳しくは分からない。だが、おそらく……言葉だろう。詠唱長は、言葉と歌と音の専門家なんだ。レナスは、すばらしい歌声の持ち主だった……でも、それが災いして『人買い』に誘拐され、家族を殺され、去勢され、オモチャにされた」
「……悲しいね。レナスは、酷い目に遭ったんだ」
「そう。その後で、『カール・メアー』が救出した。でも、体も心も壊されてしまっていた。私たちは、あいつを仲間として完全に受け入れることに失敗し、孤独にさせた。そこに、リュドミナはつけ込んだのだと思う」
「孤独に、寄生してきた」
「そうだと、思うのだ。少しは、分かる。さみしくて、独りぼっちなときには、誰かがいて欲しいと願う。さっきの私のように……そのときに現れてくれたミアを、どれだけ頼りに想ったか」
「うん。私も、覚えているよ。初めて、お兄ちゃんに出会ったとき。私も、奴隷だった。ママが命がけで逃がしてくれて、独りで……奴隷ハンターに追い詰められたとき、お兄ちゃんが助けてくれたの」
「そうか。ソルジェ・ストラウスに感謝だ。私の親友を、助けてくれて」
「えへへ。お兄ちゃん、感謝されたら喜ぶと思うよ」
「そ、そうかな。そういうヤツだろうか……?」
「……でも。リュドミナって、本当に悪いヤツだね」
「ああ。残酷なことをしている」
「あの独りぼっちのさみしさに、つけ込んだのか。それなら、そうだね。もしかしたら、どこまでも操られちゃうのかもしれない」
「うむ。同じ立場であったとすれば、私もリュドミナを受け入れていたかもしれない。あの女は、やさしかった。表面上は……でも、レナスを見ていたときは、気に入った道具を見つめるときの……あいつは、悪だ」
「『本体』が、ここにいないのが残念だった。いたら、私が殺したのに」
「……だが、ソルジェ・ストラウスたちが……」
「うん。『本体』はお兄ちゃんに任せる」
「……レナスは……そう、だな。もう、救えないのだろう」
「……あいつは、リュドミナでいることを、望んでいるのかな?」
「多分、そうだろう。それでいるのが、楽なんだ。誰かに肩代わりしてもらいたいんだと思う。あいつにとって、この世界は……あまりにも苦しみに満ちていたんだ。周りにいたはずの私たちは、あいつを救えなかった。私なんて、あいつを思うことが苦しくて、忘れていたほどだ」
「それは、しょうがないことだよ。悲し過ぎる子だもん」
「ああ。だが……もしも、次が、私にあったとすれば。その子を、絶対に……独りぼっちにはしない。もはや、私は『カール・メアー』ではないのだが、それでも、女神イースの僧なんだ。私の信仰にかけて、その子と出会えたら……絶対に救う」
「フリジアらしいね。そういう熱いところ、大好きだよ」
「そ、そうか。それは、嬉しい……さあ……そろそろ、地上だな」




