第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百八十五
―――ミアはね、二人のことを絶対に何が何でも殺させたくないんだよ。
だから、リュドミナの斬り落とされた腕が動いたとき行動するしかなかった。
反転する、ものすごい勢いでリュドミナに背を向ける。
達人相手に背中を向けるなんてことは、絶対にすべきじゃない……。
―――それでも、ちいさな背中は語っていた「やれるもんならやってみろ!」。
怯えたよ、殺せる確率はわずかにあったんだけれど恐怖が逃亡を選んでしまう。
リュドミナはドアに向かって、走った。
恐怖と逃亡という行動の相性は、それなりに良いものなんだよ……。
―――ドアに体当たりするようにして、押し開いた。
なりふり構わず逃げ出すことに全力を尽くし、もうミアのことも見ていない。
リュドミナが見ていたのは、自分の『使命』についてだけ。
生み出さなければならない、女神イースに肉体を与えなくてはならない……。
「『私は……聖なる母になる。私たちは、そうなるのよ。だから、今は……他のことなんて、忘れてしまいましょうね』。はい、リュドミナさま……」
―――どこまでが演技なのか、どこまでが『彼女』なのか。
詠唱長の技巧と知識を使って、リュドミナが壊してしまった心は大きい。
罪深いことだよ、ヒトを道具にしてしまうなんてね。
でも、それは世界が残酷だったからで……。
―――罪の起源を問うのは、難しいことだよ。
そんなことよりもヒトは現実への対処で、手一杯になるものさ。
ミアは飛び掛かっていた、この邪悪で容赦のない現実に対して。
右腕が化けた『腕蟲』は、ベッドに寝かされたビビアナの首に取りついている……。
―――リュドミナの命令を受けて、ビビアナを殺そうとしていた。
脅しでもあるけれど、殺意は本当だ。
いくら『彼女』が戸惑っていたとしても、詠唱長はビビアナの死を望む。
些細なことだと信じていた、『狭間』の命なんて無価値なものだと……。
「うああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
―――うごめく『腕蟲』を、ミアはちいさな手で必死に引き離しながら。
ナイフに精度を集め抜いた、ビビアナを傷つけないように首の近くでナイフを使う。
しかも得体の知れない『腕蟲』みたいな、謎の怪物にだよ。
ミアでさえも恐ろしくなって、必死さに叫んでしまっても当然だ……。
―――ガツガツ、ガツガツとナイフが『腕蟲』に命中していく。
火花と血が飛び散って、『腕蟲』から突き出た幾つもの脚がへし折れていった。
ビビアナの白い首から、おぞましい怪物が外れる。
反射的に背後に投げ捨てて、間合いを作った……。
―――『腕蟲』は仰向けに転がってしまうが、すぐさま跳ねてひっくり返る。
ふたたび攻撃を仕掛けようと考えたらしいけど、ミアの投げつけたナイフが突き刺さった。
ひるんだそれに対して、火薬も投げつけて『風』も合わせる。
至高性を持たされた爆発が生まれ、『腕蟲』を完全にバラバラにしてしまった……。
―――ミア愛用のナイフも一つ、バラバラになったけれど。
予備はいくつも持っているから問題はない、それよりも。
にらみつけて、死んでいるかを確かめる。
この『寄生虫』は何処までもタフだからね、死んだふりもするかもしれない……。
―――大丈夫、ミアはそう判断する。
今はビビアナのことが、心配でたまらないからだ。
よく我慢したよ、戦場で最もベターな判断をするのが猟兵らしい。
でも、もう十分だから叫ぶといいよ……。
「ビビっ!!フリジアっ!!」
―――フリジアは、ビビアナに飛びついていた。
『腕蟲』が首につけた傷を、確認している。
傷は幸いながら、ちいさいものばかりだ。
頸動脈に指を当てて、脈拍をはかる……。
「だ、大丈夫だぞ、ミア!!ビビは、大丈夫だ!!さっきより、ずっとマシだ!!」
「あ、ああ!!よかった、よかった!よかったよおおおっ!!」
―――ビビアナに抱き着くわけにはいかないから、フリジアに抱き着いた。
痛いぐらいの高速で、タックルみたいな力強さでね。
それでも問題はないよ、抱き着きたいのは向こうも同じだから。
フリジアも確かめるように、ミアを抱きしめる……。
―――不安だったからだよ、フリジアの戦いは孤独を極めていた。
『カール・メアー』を裏切り、親友を人質に取られて。
『ルファード』で戦士たちを傷つけてしまい、それでもなお孤軍奮闘したのだ。
どれだけ辛い道だったかなんて、本人しか絶対に分からないだろう……。
「フリジアは、えらいよ!!すごく、すごく、がんばったんだから!!」
―――痛みは固有のものだよ、本人にしか絶対に分からないものだ。
それでもヒトは、共感してあげられる。
フリジアを抱きしめながら、ミアも泣いた。
フリジアも泣いているよ、ようやくちょっとだけ安心できたのだから……。
―――もう孤独じゃないのさ、すぐそばにミアがいるのだから。
泣きじゃくる、泣きじゃくりながら抱きしめ合って。
それでも、二人は生まれついての戦士だから。
戦いのために、告げるのだ……。
「まだだ、まだ……リュドミナを、レナスを、止めなくちゃならないっ。お、追いかけなくちゃ!!あいつは、あいつらは……ビビを助けるための薬を持っているかもしれない。も、持ってないかもしれないけど……」
「大丈夫だよ。半日は、もつというのなら……薬を作ってもらえる。ルクちゃんなら、私の知っている錬金術師になら、解毒剤は絶対に作れる!!」
「ほ、本当かっ!?」
「うん。それに……リュドミナの『本体』……も、お兄ちゃんがどうにかしている。『本体』がいるところに、お兄ちゃんたちは向かった」
「リュドミナの『本体』を、倒してくれると……?」
「うん。きっとね。だから、今は……ここから出よう」
「ビビを、休ませるところにだな!?」
「そう。ほかにも、色々としなくちゃ……ビビに使った解毒剤の、空き瓶」
「こ、これだ。これだ。半分……足りないと」
「これと『同じにおい』がする薬なら、ジャンは見つけられる」
「……ま、マジでか!?」
「うん。私でもにおいが感じ取れるから、ジャンなら絶対」
「じゃ、じゃあ。これは持って行こう……」
「ビビも、運ぼう」
「ああ。私が背負って歩くよ。ミアは、前衛を……レナスが、きっと、外にいる。逃げていなければだが……」
「それは、たぶん大丈夫だよ。だって、15分、経ってるからね」




