第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百七十七
「れ、レナスと……合流ができないときは、こ、ここから……き、北。北の港の近くだ。放棄された、灯台……そこに、向かう手はずになっていた」
「なるほど、ありがとう。リュドミナ・フェーレンの拠点は?」
「ひ、東……ここから、東だ。正確な場所は、聞いてはいない。でも、作戦が失敗したときに、徹底すべき方角は指示されている。東に、逃げろと……私たちは、女神イースに仕える尼僧だ。教会を、頼れという意味になるだろう」
「東、ね。東にある教会のどこかに、リュドミナ・フェーレンがいる。東。お兄ちゃんたちも……東に向かっていた」
―――偶然というものは、戦場には滅多と存在しない。
合理的な悪意で埋め尽くされた空間は、いつでも作為がひしめいている。
ミアはリュドミナ・フェーレンが、クリア・カニンガムと接触していると予想した。
戦場はとても狭くて単純で、幾何学的な傾向が支配していく……。
―――あらゆる職業のベテランが、自覚的か無自覚的かはともかく。
『形』や『構造』として、状況を整理して管理しているよね。
彫刻家や建築家が、決して設計図を必要とはしないように。
料理人が塩や砂糖の量を手で掴むだけで感じ取るのも、そういう力さ……。
―――船乗りや漁師が岸の形だけで、波や風を判断し予想するのもそうだし。
旅慣れた商人たちが、宿の信頼性を街道の何処に建っているかで推し量るのもそうさ。
チェスの達人は、盤上の形で潜在的な勝敗の可能性を読み解いている。
絵描きが構図を作るときなんて、まさに幾何学を利用しているとしか言えないね……。
―――見たときの形、さわったときの指の形。
多くの職業人は、ベテランほどに見た目や手触りが教えてくれる『形』で管理する。
そっちの方が、早く豊かな判断力が使えるから。
知識との齟齬があるときも、すぐに探り当てて対応も取れるという点でも優れる……。
―――戦場を司る、戦術家たちもそうなんだよ。
ボクたちは地図に囚われて、卓上の戦術もしっかりと研究もするからね。
その傾向は、他の職業人たちよりも露骨なところがあるかもしれない。
他の業種と比較してどれほどのものかはともかく、戦術家は幾何学の囚われだよ……。
―――この決して日常の広さを持っていない、限定的で閉鎖的な戦場で。
強大な悪意は、好き勝手に寝転がってはいられない。
とくに『攻撃』という、計算の力がモノをいう戦術を実行中のときはね。
リュドミナ・フェーレンは、『おそらく』クリア・カニンガムと一緒にいる……。
「お姉さんは、クリア・カニンガムを知っているよね」
「……え、ええ。知っている。お料理を、いただいたの。宿泊施設も、貸してくれたわ」
「いつから、知っているの?」
「わ、私は、三週間前から」
「レナスと、リュドミナ・フェーレンは?」
「す、少なくとも、私よりは、前からでしょう」
「クリア・カニンガムに、何かを頼んでいたの?」
「私は、頼んでいない。レナスと、リュドミナ・フェーレンさまも……そもそも、クリア・カニンガムは良い料理人だし、好感の持てる人物だった。礼儀正しく、服装も小奇麗。尼僧に、何かを要求するような方には……」
「世慣れしていないって、怖いよね。クリア・カニンガムって、極悪人らしいよ」
「そ、そんな……っ!?」
「リヒトホーフェンとも、つながっていたの。貴方は、知らなかったんだ」
「し、知らないわよ。カニンガム氏は、そんな素振りを見せなかった……」
「お姉さんは、ただの連絡係なんだね。あまり深い情報に関わってはいないみたい」
「……そ、そうよ。私は……大して、有能じゃない」
「無能でもないよ。私に負けたのは、しょうがない。私は、猟兵だから。落ち込まなくてもいい。戦士としての鍛錬は、評価していいレベルだから」
「あ、ありがとう。貴方は……特別、なんでしょうね」
「うん。だから、気にしなくてもいいよ。私も、そろそろ、ここを出発するから」
「つ、つまり。私を、解放してくれるという意味、かしら?」
「お姉さんは、本当にただの連絡係だからね。情報源として、そんなに価値はない」
「ええ。それは、悔しい評価だったわ。今日まで。でも、今は、少し、ありがたいと感じられる」
「見逃してあげるよ。だから、お姉さんが亜人種や『狭間』を殺すような日が来たら。見逃してあげてね。じゃないと、お姉さんのこと、許さない」
―――『カール・メアー』の教義より、ミアの笑顔が怖かった。
この巫女戦士は、おそらく山に戻るだろう。
『外の世界』の恐ろしさをミアに教えられ、自分の適性の低さを教えられた。
政治的な活動なんか、しなくてもいいさ……。
―――尼僧として、ただ祈りを捧げる暮らしも悪くない。
女神イースの教えを広め、実践していかなくてもいい。
宗教家は世のためヒトのために、動こうとするけれど。
『カール・メアー』のそれは、ボクらにとっては非常に厄介だからね……。
「……お山に、帰るわ」
「そうするといいよ。女神さまに、お祈りだけ捧げて。世の中から、不幸なヒトが減るようにね」
「……貴方は、どこに行くの……?」
「聞かない方が、いいよ。関わりたく、ないでしょう」
「え、ええ」
「じゃあね。気を付けてね。しばらくすれば、戦闘になるから」
「あ、貴方も……ね」
「うん。ありがとう。『カール・メアー』の、お姉さん」
―――ミアは走り出し、窓から外に飛んだ。
チェーン・シューターを使い、『オルテガ』の入り組んだ城塞の一つに向かう。
そこを伝いながら、街を駆け抜けるんだ。
巫女戦士は、その速さと機動力に圧倒されていた……。
「あ、あんな子供でも……あんなに、強いとか。やっぱり、外の世界は、怖いわ」
―――ミアは廃棄された北の灯台、そこを目指す。
役割分担だよ、クリア・カニンガムとリュドミナ・フェーレンはソルジェに任した。
ミアが取り戻すべき二人のために、『彼女』との対決を求めている。
そのために、脚を探した……。
「『ストラウス商会』からも、連絡要員が来ているはず。ディアロスの、ユニコーンなら。港にも、あっという間に辿り着いてくれる」




