第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百七十五
―――ミアはあっさりと、詠唱長リュドミナ・フェーレンの名にたどり着いた。
さすがはボクたちの『最高傑作』、『暗殺妖精』だね。
残酷さだけを使っているわけじゃなく、とんでもなく高度な職人技でもある。
ミアは恐怖の『量』まで、きちんと計算して使っていたのさ……。
―――腕を脱臼させるだけで済ませたのも、その一つ。
斬り落としたっていいし、そっちの方がむしろ簡単なんだけど。
痛みと出血が多すぎたら、長く尋問が出来なくなるからだよ。
気絶してしまうから、あえて血を流させなかった……。
―――『冷たい大人の声』で、脅しまくっていたのに。
途中から13才の子供の声を使ったのも、恐怖の『量』のコントロールだった。
あまりに恐怖を与えすぎると、あの厄介な想像力が悪さを始めるからだよ。
創作してしまうんだ、ありもしない記憶をね……。
―――「ヒトは嘘つきだから、あんまり弱っちいヤツをいじめ過ぎないように」。
「それもまた、ヒトを尋問するときのコツなんだよ」。
「いいか、ミア。相手を尋問で支配するときは、『お前に尽くさせろ』」。
「信頼関係を築くんだ、いい取引相手にな。お前に尽くせば、生き残れると刻め」……。
―――傭兵なんて生き方を、けっきょく七十年近くやっていた人物だ。
ガルフ・コルテスという男は、ほんとうにヒトの心理にくわしい。
勉強家でもあるし、ソルジェよりもずいぶんまっとうな『ビジネスマン』でもある。
いくつもの傭兵団を作り、ときどき破滅させてしまった男だからね……。
―――「あれだ。古い演劇の技巧に……『究極課題』というものがあるだろ?」。
「いくつもの課題を、融かしていくんだ。あらゆる要素を、ぐつぐつと」。
「錬金術の大鍋で、どろどろにすべての金属を融かしたとき」。
「すべてを兼ねそろえた『合金』が生まれるみたく。こいつを、見つけたくてな」……。
―――「どれだけの傭兵を犠牲にしてもいいし、どこの戦士を死なせてもいい」。
「正義も悪も倫理も生贄だ。まったくもって、そんなコトをワシは気にしない」。
「その代わり、『究極課題』を……傭兵の戦技と知識の、究極の中心核を」。
「創り出す。そっから先は、ソルジェの仕事だ。ミアの仕事だ」……。
―――ボクはガルフ・コルテスを、『極めて凶悪』だとは認識している。
ソルジェやミアよりも、冷静かつ客観的に見つめられていると思うよ。
彼が権力を持っていたら、世界を滅ぼしたかもしれないと信じるほどには恐ろしい。
猟兵の祖、戦いの究極を目指したような男が誰にでも愛おしい存在のはずがない……。
「あなたをね、今このときまでに35回は殺せたの。それが、嘘じゃないって、分かってくれるよね、お姉さん」
「は、はいっ。そ、そうだと……思いますっ」
「私はね、ニコニコしているよね。これは、ちゃんと教えているからだよ。『本当に怖くはない』って」
「……ッ。は、はい……あなたは、だ、だって……笑っているもの。私を、殺さなかったもの」
「『カール・メアー』は嫌いだけど、私の親友の一人が、『カール・メアー』なんだ。誰だか知っているかな?」
「……そ、それは。あ、あの……」
「嘘はいらないし、判断もいらないよ。そんなのは、お姉さんが選ぶコトじゃないもの。『知っているコト』は、『考えなくても分かる』から。はい、言って」
「ふ、フリジア・ノーベルだと、思いますっ」
「よく出来ました。その通り。お姉さんは、フリジアが私たちの『仲間』になったのを知っていたんだね」
「え、ええ。知っているわ……あの馬鹿―――」
―――ミアは笑顔を変えなかった、それでも気配が一瞬で変わっていた。
一瞬で十分だったよ、猛獣使いが床を打って鳴らした音みたいに。
その瞬間に『支配者』は、『下僕』の心を制するのさ。
巫女戦士は、態度を改めるべきだと悟る……。
「―――あ、あの子は、お山を離反した。追放したの、こっちからね。ソルジェ・ストラウスに加担していた……『ルファード軍』にも、それって、つまり……裏切りだもの」
「裏切りってね、本心へ素直になることだよね。だから、私はフリジアの選択を歓迎している」
「それは、貴方からすれば、そうなのでしょうね。ケットシーだし、ソルジェ・ストラウスの……妹」
「うん。フリジアは、裏切った。私たちの『仲間』になった。そっちも……『カール・メアー』も、それを認めていた」
「そう、だけど……」
「知りたかったコトの一つを、教えてくれた。ありがとう。あ。こっちの関節、はめてあげるね」
「ぐ、あああっ!?……い、痛かった……けど?」
「ご褒美だよ。ちゃんと、左腕が動くようになったね」
―――『支配者』は笑う、巫女戦士は自由になった左腕でミアを殴ることはない。
自由にはなったけれど、ちゃんと『支配』されたんだ。
また圧倒的な能力を、見せつけられることでね。
自分の体を壊すも治すも、自由自在の強者がそばにいる気持ちはさぞや苦痛さ……。
「フリジアの裏切りを、許さなかった『敵』がいる。そいつが、『ルファード』の襲撃者。そいつが、リュドミナ・フェーレンなの?」
「え、詠唱長さまは…………」
「考えない。考えることなんて、必要ないもん。はい、話す!」
「ち、違いますっ!!詠唱長さまは、『ルファード』には、『行っていません』!!」
―――正しくはある、あのリュドミナ・フェーレンは『彼女』に寄生した人格に過ぎない。
だから、この巫女戦士の言葉は本当に素直で客観的な真実そのものだ。
ミアはうなずき、今度は右肩をはめてあげたのさ。
一瞬の弾けるような痛みのあとで、両腕は自由になったけど『支配』された……。
「……なんで、こんな治療を、するのっ」
「ご褒美だから。素直で、私のためになるなら、ちゃんと生き延びられるよ。だから、がんばろうね」
「……は、はいっ。死にたく、ないもの……」
「うん。私も、フリジアの知り合いを殺したくはない。お姉さんは『敵』じゃないから。殺したいのは、『敵』ども。はい、襲撃者の名前を言って」
「れ、レナス・アップル!!」
「レナスか。うん。覚えた。そいつが……ビビとフリジアを、苦しめてるヤツなんだね。今日の、夜までに絶対、殺す」
「……あ、あいつは、強いわよ」
「だから?何の問題もないよ、強さなんて。だって、私は本気だから。選ぶのは、そいつじゃない。私なんだもん」
―――口を閉じてしまう、ミアの言葉に同意しているからだよ。
『彼女』の強さと、目の前にる『何が何だか分からない存在の強さ』。
比べるまでもなく、軍配の上がる方は明らかだった。
死にたくないこの巫女戦士は、ますますミアにすがりたくなった……。
「教えてね。私は、レナス・アップルを見つけたい。こいつが、二人と一緒にいる。ねえ。お姉さん。そっちの計画を、教えてよ。こいつと、いつ、どこで、合流する予定だったの?ああ、もちろん。考えないで、あと二秒で答えてね」




