第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百七十二
―――ミアは壁にかかっていた地図を見つけると、それを引きずり下ろす。
ゼファーに乗りながら見下ろしていた街並みと、それは大きな変化があった。
それでも、ミアも竜騎士としての経験値を重ねている。
ソルジェの教えが、長年染みついているのさ……。
―――それにね、竜騎士姫から伝わる技巧と知識の本髄にはケットシーが関わっている。
竜騎士姫が創った力は、『ラウドメア』に奪われたけれど。
名前を遺すことを嫌い、竜騎士姫と『おそろい』を望んだ彼女が復活させた。
ケットシーに使いやすいアレンジが、技巧の系譜の発端にあったわけだ……。
―――つまりね、ミアはストラウス家の竜騎士の技巧を誰よりも深く継げる。
幼いころからソルジェに竜乗りのハナシを聞かされ、猟兵として教育され。
たぐいまれな才能はゼファーとの邂逅で鍛えられ、いまだに成長し続けている。
地図をナイフで、ガリガリと削って『ほとんど完璧に壊れた街並みを再現した』……。
「ここが、イース教会のあった場所だよ。だから、こう行って……こっちに曲がって……」
「……これが、『今』の『オルテガ』の状況なのか。それを、覚えている?」
「うん。コツはね、いくつかあるけど。覚えるとカンタン。昨日の夜ね……『ほとんど忘れたけれど』……『もう一つのオルテガ』で、竜騎士姫の物語を聞いたんだ。だからね、コツがまた一つ掴めたの」
「……よくは、分からんが。強くなったわけだ」
「そういうコトだよ。おっちゃん。私ね、イース教会を調べてみるよ。お兄ちゃんたちが帰るまでにね。おっちゃんは、ここにいて欲しいな。調べたいなら、戦士たちに指示を出して。ここで、守ってもらっていてね」
「……お前は、一人で行くつもりなのか?」
「うん。敵が弱ければ、その場で私が皆殺しにする。敵が多かったり、強いなら周りを頼ったりする。ここは、『ルファード軍』が支配しているんだから」
「……戦闘については、オレが口をはさむまでもないか」
「私は、『パンジャール猟兵団』の猟兵だもんね。それに、ガルーナの竜騎士でもある。とっても、強いよ。とくに、今日は……けた違い。だって、ビビと、フリジアの親友だからね。死ぬほど、残酷にだってなれちゃうんだ」
―――笑顔を見せるよ、猟兵にとってそれは戦いのための仮面だ。
ガルフ・コルテスの教えを、ミアはソルジェよりも深く理解している。
純度の高さじゃ、最高傑作というわけだよ。
荒れ狂う炎のような感情さえも、微笑みの器のなかに収納しているんだ……。
―――怒りの熱量を、完璧な冷静さで緻密に使いこなすためにね。
ソルジェとガルフと、それにボクたちもか。
多くのスペシャリストが、ミアに多くを授けた結果だ。
『暗殺妖精』、伝説の存在をもしかしたら超えているのかもしれないね……。
「じゃあ。行ってくるね!」
「……気を付けてくれ。それに、ビビを……頼む」
「うん。ビビとフリジアを、取り戻すよ。敵からね。信じて」
「……ああ。信じるぞ」
―――音を置き去りにするほどの速さをまとい、ミアは走り出す。
朝焼けに染まる街並みに飛び出して、加速を作ると街を迷路のように区切る城塞に跳ぶ。
ミアにとっては、どんな迷路の囲いも関係ないのさ。
跳躍力に『風』の加護、それに『チェーン・シューター』も使えばいいんだ……。
―――住民さえも地図を使う日もあるような、複雑怪奇な迷宮都市。
それを『暗殺妖精』、ミア・マルー・ストラウスが駆け抜ける。
速いよ、どんどん速くなる。
リズムを作っているんだ、最速かつ最短ルートを駆け抜けるためにね……。
―――つまりね、ミアは人生で一番怒っているんだ。
敵を見つけ出して、殺してやりたい。
ビビアナとフリジアを、取り戻したいと願い。
決意の力を全身に巡らせている、走りながらの歩調で自分を『作り変えている』……。
「絶対に、許さないよ。『カール・メアー』」
―――少女の時代は、終わりつつあるんだ。
この世界にある様々な痛みを知って、自分たちに降りかかる理不尽や敵意を知った。
悲しい物語を、ミアは背負っている。
亜人種や『狭間』への責めや、フリジアみたいに分かり合おうとする者への障害……。
―――なんて、意地悪な世界なんだろう。
こんな世界は、大嫌いに決まっている。
だから無理やりに変えなくちゃならない、その理由をミアは本当の意味で悟った。
大切な者を大切に扱ってもらえるために、世界を変えるんだよ……。
―――とても自然で、とても当たり前な決意だ。
ミアの影が、動く。
この悲しい大陸のあちこちを旅して、ソルジェと同じく影に魂たちを呼び込んで来た。
『歌』属性の使い手として、ミアも成長している……。
「一緒に行こう。ママ、難民さんたち。帝国に殺された人たち。私たちと、同じ願いを持っていて、同じ『未来』が欲しかった人たち。私の、影に宿って。私と一緒に、こんな悲しいことばかり起きちゃう世界を、ぶっ殺しに行こう」
―――戦士は、個人的な悟りを開くものだ。
自分が世界で成すべき戦いを、把握したときにね。
それを経験すると強くなるよ、とてつもなく。
今のミアは、伝説の暗殺者よりもはるかに強いだろう……。




