第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百七十一
―――ミアは信じるべきものを、選んだ。
それは猟兵の直感として正しく、三人が創り上げた友情の強さを示すものだ。
メダルド・ジーも、ミアの示した真実を受け入れることにした。
受け入れながら大商人の賢さを使い、状況の分析を試みる……。
「……『カール・メアー』が、『ルファード』にあるオレの屋敷を襲撃したのは事実だ。そこで、ビビを狙った。フリジアは、それを守ろうとするだろう」
「うん。『カール・メアー』の襲撃者は、かなり強かった。実力なら、フリジアよりも上かもしれない。でも、フリジアとは同門になっちゃう。そういうの、力の差とかあまり意味がなくなってしまう」
「……フリジアは、襲撃者と互角になった。だが、ビビを人質に取られた……いや、『互角だからこそ』、人質を取るしかない」
「うん。ビビのためなら、フリジアは底力を出す。そうなったら、きっと実力差をくつがえせるよ。『カール・メアー』の巫女戦士の動きは、きっと、フリジアを倒せないから」
「……同門ゆえに。フリジアを倒せないなら、利用するしかない。長く戦えば、周りの戦士たちが援護に入る……ビビに、何かしたのか……拘束した……あるいは……オレのように、毒を盛られた……ッ」
「可能性は、あり得る。でも、襲撃者は、ビビを殺せない」
「……ビビを、殺せば……フリジアに襲撃者も殺される、からか」
「そうだよ。殺せないのに、襲撃者は粘ったとすれば……狙いは」
「……ビビを、誘拐する。それは、つまり。人質として使いたいわけだ」
「おっちゃんに対して、だね」
「……当然だ。ビビを、人質に取られたら、オレは……何だってするからな。金が欲しければ、全財産だってくれてやる。命が欲しいのなら、好きに持っていけばいい」
「私が、助ければいい。その敵を、殺して」
「……ビビを、人質に取られているのなら、戦うよりも、オレを差し出せばいい。どうせ、死にかけていた。死ぬ覚悟は、とっくに済ませているんだからな」
「おっちゃんを殺しても、ビビを助けるとは限らない。ビビを、人質に取れたなら、相当に頭がいい敵だよ」
「……そう、だな。それに、『カール・メアー』ならば、『狭間』が生きていることを許せない。連中に、ビビの正体がバレて、狙われたというのなら……今後も、狙われ続ける」
「倒せばいい。思い知らせてやるんだ。ビビを狙ったら、痛い目を見るってことを。私が、『カール・メアー』に分からせてあげる」
「……力に頼る。勝つしか、道はないっていうのは正しそうだ。だが、ビビは……何処にいるか、分からない」
「お兄ちゃんか、ジャンがいれば……どうにか追いかけられそう。ううん。ゼファーが、いれば見つけられる。『ルファード』から、東に……ってことは、きっと、敵はおっちゃんと接触しようとしてる。こっちに、近づいているんだ」
「……ビビとフリジア、それに襲撃者。少なくとも、三人を運べる巨大な獣というのに乗ってか……」
「目立つよね、『ルファード』にも戦士たちがいた。馬もいる。その追撃を、振り切れるほど速くて、大きい……」
「……どんなバケモノだ。『カール・メアー』は、そんなモノを…………まるで……いや、ありえんか」
「おっちゃん、考えていたコト、話して。賢い人の直感も、当たるんだから」
「……オレの直近の体験が、そう思わせているだけかもしれん。この忌々しい『寄生虫』どもの力に似てると感じただけだ」
「虫けらで、巨大な蠅とかも作れていたよね……それに、『カール・メアー』と『調整役』が会っていたんだよね?」
「……そう、だ。しかし、『カール・メアー』は、異教の力も、呪術も嫌っているんじゃなかったのか……」
「どんな組織にも、裏切り者は出ちゃうよ」
「……確かに、な。それも、明白な事実だ……『寄生虫』、そいつの知識や使い方を、『カール・メアー』の一部が、手に入れたのか……だが、『カール・メアー』を裏切るなら、こいつの政治的信条は、どうなっているんだ?動機は、組織のそれじゃないなら、何だ?」
「おっちゃんは、どう思う?」
「……個人的な、願望だ。何かの決意は、願いによって作られる。組織に反する、『カール・メアー』のルールに反する、何かしらの願いがある。それが、何かまでは分からないが」
「願い……それを、叶えるために、ビビで、おっちゃんに何かをさせたい」
「……そう、なるだろう。だとすれば、その願いを叶えてやれば、ビビは無事に済むかもしれんな」
「敵を、信じちゃダメ」
「……期待したくもなる。ビビのためなら、な……ダメだな。クソ。感情が、御せない」
「冷静になって。知性で、考えるの。感情は、今は、要らない。要るべきときが来たら、私が思い知らせる」
「……ビビのためにも、知性で、考える……か。当然、だな」
―――うつむき、深呼吸をしながら。
目を閉じて、集中を作る。
『人買い』としての心理操作術は、ビビよりも年季が入っているんだ。
どんな悲劇的な状況でも、それを使いこなせれば感情だって御せる……。
―――メダルドは、このとき誰よりも多くの情報を持っていた。
『調整役』クリア・カニンガムの動きも、死んだリヒトホーフェンらの動きも。
ボーゾッドの動きも、フリジアを通じて『カール・メアー』の基本的な考え方も。
すべてに共通点があり、それは自分にも含まれている……。
―――心臓に、手を当てた。
『ルファード』と『オルテガ』を舞台にして起きた、一連の動き。
それには間違いなく、『寄生虫』が関わっている。
メダルドは、『襲撃者』の『願望』に近づいていた……。
「……神さまを、造る」
―――『蟲の教団』の理念であり、リヒトホーフェンが目指した夢。
立ち上がると、窓に向かう。
夏の夜明けの空を見る、昨夜はそこに逆さまの『オルテガ』まであった。
常識などを超越した、神秘とまで呼ぶべき大きな力……。
「……ああいう、力を……ビビを誘拐した、『カール・メアー』の裏切り者は、求めているというのか……神さまを……いや、女神イースを……作る。『ギルガレア』を、『蟲の教団』の連中が、自分たちの目的にそぐう神へと、変えたように……」
「そう、かも」
「……だと、すれば。オレは、交渉の材料を、用意できるかもしれん」
「交渉用の、材料?」
「……リヒトホーフェンの残した資料、それを、焼き払っているが……偽装は出来る」
「なるほど。嘘の情報を、引き渡す」
「……それを、用意しておくんだ。もしも、それが有効なら、ビビといくらでも引き換えられる」
「さすが、おっちゃん。賢い」
「……性悪なだけだ。賢くも、ありはするが。まともな、取引じゃない。だが、そもそも敵も、まともじゃない。人さらいだ」
「そうだね。こっちも、まともに対応する理由はない。ぶちのめそう」
「……オレは、動くぜ。少しばかり、ヒトを借りるとしよう」
「動くなら、私も一緒だよ」
「……資料集めや、交渉には向かないだろう」
「それは、そうだけど。でも、護衛なら……敵が、いつおっちゃんに接触してくるかも分からない。そのときに、敵を倒して、ビビを取り戻す」
「……敵も、オレの居場所は知らない。オレを、ちゃんと狙うためには、『ルファード軍』と接触するか……あるいは……『オルテガ』の政治家か、商人……そうでなければ……」
「イース教会を、頼るかも。『カール・メアー』は、『オルテガ』のイース教会に居候していた。私たちが、避難させちゃった……けど……『カール・メアー』の拠点だった。『オルテガ』にビビを誘拐したヤツが来るのなら、そこに行くかもしれない」
「……『カール・メアー』にとっても、裏切り者かもしれんヤツだぞ?」
「裏切り者なら、なおさら居場所は少ないから」
「……たしかに、そうだな。それに……裏切り者が、正直者であるとは限らん」
「うん。そいつは、『カール・メアー』の仲間を騙して、利用していたかもしれない。この街のイース教会を、調べた方がいい」




