第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百六十八
「…………ふ、わー……っ」
―――朝陽が顔をくすぐって、ミアが目を覚ます。
ケットシーの猫耳が、ピクピクと動いていた。
ベッドの上で、体を思い切り伸ばす。
背中を後ろ側に反り返して、そのあとは反対に……。
―――鼻先を膝につけたまま、瞳を開いた。
その柔軟な姿勢のまま、しばらく動かない。
夢を見ていた気がする、赤い竜を見たのだ。
あれは間違いない、『プレイレス』で見た……。
「アリーチェ、『ハーフ・エルフ』の子だよね。うん、それに……赤い竜は、神さまだ」
―――くるりと、その身を伸ばす。
ベッドから飛び降りて、朝陽の入って来る東窓へと向かうのだ。
夏の早朝を迎え、壊れた『オルテガ』の街並みが目に入る。
猫耳のピクピクは、おさまってくれない……。
―――リヒトホーフェンたちとの戦いで壊れ、敵が迫るはずの東を見る。
探すのだが、どうにもしっくりと来ないようだ。
これは猟兵としての感覚が、教えてくれる特別な直感に似ている。
でも、少し違うような気がしたのさ……。
「……『こっち』じゃ、ない」
―――くるりとその場で回転し、ミアは素早く反対側の窓へと向かう。
まだ暗がりの残る空だ、そのずっと先には『ルファード』がある。
夢のなかで見た赤い竜と、その背に乗る少女が心に浮かんだ。
アリーチェの魔法は、まだこの大陸に残っているらしい……。
―――ソルジェよりも、ミアにその魔法が届いているのかもしれないね。
より近い年齢だし、どちらも女の子なのだから。
あるいは、フリジアの叫びやビビアナの窮地に反応しているのかもしれない。
猫耳のピクピクが止まる、ピンと強く伸びて止まるんだよ……。
「……『ルファード』で、何か……あったのかもしれない」
―――魔法のような直感を、ミアは疑わない。
猟兵というものは、優れた直感を持ったスペシャリストなのだとガルフから教わった。
自分が『そう感じたなら、間違いなく正しい』と『信じても良い』ぞと。
ガルフの『孫娘』は、叩き込まれている……。
―――素早く動いた、武装を身に着けていく。
眠るのに邪魔だったから、完全に体から外していたけれど。
恐ろしい速さで、全てを的確に身に着けていく。
誰よりも純度の高い、真なる猟兵ミア・マルー・ストラウスが目覚めた……。
「確かめないと、いけない。お兄ちゃんに、会おう」
―――風になる、神速をまとってドアへと走った。
蹴破るような勢いで、そのドアを開く。
階段をにらみつけると、獲物を定めた肉食の獣のように走った。
身を低くして、やがて跳ぶ……。
―――階段の横だ、壁を走って加速を維持したのさ。
焦っている、こんなにゾワゾワと心が暴れているなんて今までない。
ソルジェの魔力を探るけど、近くにはいなかった。
だが階段を三つの階分降りたとき、疲れ果てた顔の男を見つける……。
「おっちゃん!!メダルドのおっちゃん!?」
「……おお。ミアか。起きたか……」
「どしたの?すごく、顔色が悪いけど……ルクちゃんのお薬、ちゃんと飲んでる?」
「……ああ、飲んでる。これは、そうじゃない。心労なんだ……」
「心労?えーと……」
「……心が、疲れている。心配なんだよ。たまらなく」
「……ビビに、何かあったの!?」
「……いや。心配し過ぎている、だけなのかもしれない」
―――情報は、まだ届いていない。
『ルファード』で起きた悲劇を、メダルドはまだ知らないんだ。
椅子に座った前かがみに青ざめた顔、それは見ているだけでミアを不安にさせる。
それに気づいたメダルドは、状況を説明してやることにした……。
「……『カール・メアー』が、絡んでいるらしい。ガンダラ殿が、予想していた『調整役』と接触していた」
「リヒトホーフェンと、『カール・メアー』は、仲が悪いハズだよ?」
「……そうだ。それなのに、動いていた。『調整役』は、『カール・メアー』と、『帝国軍のスパイ』とやらとも……」
「どっちも、リヒトホーフェンとは仲が悪いのに……」
「……現状は、『カール・メアー』と『帝国軍のスパイ』に有利だ。『仲の悪いリヒトホーフェンが死んだ』のだから」
「じゃあ、リヒトホーフェンを……『カール・メアー』と『帝国軍のスパイ』が、私たちに『攻撃させた』って考えてるの?」
「……そこまでは、明確じゃない。ただ、連中の存在は……オレを不安にさせる」
「ビビと、フリジアは?」
「……ビビの護衛は、増強させた。フリジアは……その、お前には言いにくいが」
「フリジアを、拘束したの?」
「……賢いな。さすがは、子供でも、猟兵か。隔離しておくように、命令を出した」
「それは、必要なかったよ、メダルドのおっちゃん。フリジアが、ビビに悪いコトするはずなんて、心配する必要ないから」
「……ああ。オレも、そう思う。だが、不安だったんだよ。念には念を押したい」
「うん。そうだとは、思うよ」
「……『カール・メアー』は、亜人種にも……当然、『狭間』に対しても残酷なんだ」
「『血狩り』を、するんだよね」
「……ビビへの、悪意は強い。そいつらが、オレの知らないあいだに、この地方で勢力拡大を裏でもしていた。把握し切れていない力を、許しているのかもしれない……」
「ビビを、狙う理由は、とくにないハズだよ」
「……そう。そうだ。賢いな。戦いのことになれば、ずば抜けて賢い。オレも、そうだ。その結論に至って、落ち着こうとしたんだよ」
「うん。落ち着こう」
「……すまない、心配かけすぎだな」
「『ルファード』には、十分に戦力がいたもん。南から来る敵に備えて、警戒心も強い。そうカンタンに、敵にやられたりはしないよ」
「……ああ。まさに、そうだ。だから……オレは……ストラウス卿に言ったんだ」
「お兄ちゃんに、何を言ったの?」
「……ビビが、心配でどうにもならなかったが。だが、『カール・メアー』よりも、『帝国軍のスパイ』と『調整役』の排除を、優先してくれと」
「それは、正しいと思う。少なくとも、合理的だと思う……」
「……みんな、その結論に達した。ビビを心配するがあまり、戦力を割くわけにもいかん。そんな身勝手をすれば……『人買い』、ジーの一族への反感が強まる。オレたちが売った亜人種の奴隷たちが、多く、処刑されていた……」
「それは……おっちゃん、それはね、帝国が悪い」
「……そう、だな。そうだが、世の中は……そんなに割り切れてくれるヤツばかりじゃない。ビビのためにも……あの子は、『狭間』なんだ。『人買い』で、『狭間』……独りぼっちに、なりやすい条件が、そろい過ぎているっ」
「おっちゃんが、いる。私たちも、いる。フリジアも……」
「……多くを、してやりたい。何だって、してやりたい。あの子は、あの子は……オレの最後の家族なんだ」
「うん。おっちゃん、おっちゃん。すごいよ。ナデナデしてあげる」
「…………すごい、ことはねえだろう」
「ううん。ビビのために、こんなに必死なんだもん。私の親友のために、ありがとう。ビビを、愛してるのに。ビビのために、辛くて怖いのに、耐えて、お兄ちゃんに頼まなかったんだね。ぜんぶ、ビビのためだもん。おっちゃんは、本当にすごいよ」




