第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百六十七
「……わかった、抱き着いてやろう。ビビを、支えてやらねばならないからな」
「『ええ。ちゃんと、支えてやりなさい。もう意識はないだろうから―――』」
「―――解毒できるんだろうな、できなかったら。八つ裂きにしてやるからな」
「『仮面の力を借りると、本当に強気になれるのね。これも、一つの天才。私の眼も、まだまだだわ。貴方も、レナスと一緒に抱きしめてあげれば良かった才能ね』」
「そうは、ならなかったさ。私は、ビビのおかげで、強くなれている。今は、もう何も怖くなんてないんだ。お山からも、ここで共に過ごした……新しい仲間たちに、剣を振るうことさえも。ビビが、いなければ……ここまで……」
「『……ええ。出会いは、とても大切ね。これも、女神イースの運命よ』」
「……運命、か」
「『さあ。私に抱き着きなさい。母親にするように。私も、愛しい娘にするように、抱きしめてあげるからね。フリジア』」
「……そんな言葉で、レナス・アップルを騙したのか」
「『騙してなんて、いないわよ。まったく。貴方も、レナスも。とっても可愛いんだから』」
「……母親には、なれんさ。お前は……愛が、歪んでいる。女神イースしか、どうせ愛せないだろ」
「『そうよ。本当に、賢くなっているわね。その仮面をつけているあいだは』」
「ああ。そうだ。ビビが、くれたんだ……早く。行け。ビビを、助けなくては。戦士たちも、集まって来ている」
「『ええ。跳びなさい、『ゴルメゾア』!!』
『がああああああああああああああああうううううううううううううッッッ!!!』
―――『ゴルメゾア』が大きく跳躍して、空高くへと舞った。
フリジアはビビアナが、振り落とされないよう必死に腕を使う。
伸ばした腕で、動かないビビアナを支え続けるんだ。
東の果てに、朝陽がわずかに覗いている……。
「『夜が、終わるわよ。暗く、長かった。女神イースが不在の夜が』」
「……さっさと、行け。戦士たちが、集まる」
「『貴方と『ゴルメゾア』で、蹴散らしてくれるのもいいけれど』」
「不可能だな。『この子たち』も、私も、すっかりと傷ついてしまっているんだ」
「『あら。本当に、すごいわね。『気づいてしまうなんて』。この『ゴルメゾア』が、どうやって作られた存在なのか』」
「子供たちだ。イース教の子供たち…………」
「『沈黙のなかに、真実があるのね。察してしまった通りよ。この子たちは、フリジア・ノーベル。貴方と同じなの』」
「……孤児か。親から、捨てられた。それを……集めて……『寄生虫』を……ッ」
「『この子たちは、『聖なる犠牲』なの。新しい世界の夜明けのために、自分から犠牲になることを受け入れてくれた。とっても尊い聖なる戦士たち』」
「違うな。ただ、騙されただけだ。お前の言葉が歪めた、女神イースの教えにな」
「『いいえ。私こそが、正しいのよ。貴方の何千倍も、教えを読解して来たのだから。だからこそ、本当に成すべき道が見えるのよ』」
「……信じられるものか。女神イースの、慈悲が……お前を選ぶはずはない。お前は、またその笑顔だ。朝陽に照らされて、本性が漏れ出しているぞ」
「『嬉しいときは、子供のように歪んだ笑顔になるものよ。鋭く細く、曲がって、恐ろしいほどに、素直な笑顔にね』」
「それは、違うな。お前は、子供のように純粋にはなれんのだ……おい、『ゴルメゾア』!跳ねろ!!」
『があああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』
「『あらあら。『ゴルメゾア』に、命令を言い聞かせてしまったわ。『蟲』も媒介に使っていないのに……』」
―――『ゴルメゾア』に対して、『ルファード』を守る戦士たちが矢を放っていた。
屋根を伝って逃げる『ゴルメゾア』は、空高くへと跳ぶ。
矢の群れさえも飛び越えて、城塞に飛び乗った。
戦士たちは、この異形におびえながらも槍を投げつける……。
―――『ゴルメゾア』が、その背に槍を突き立てられた。
叫びが上がった、朝陽に融けるような悲鳴だ。
フリジアは幻を聴いたよ、その瞬間に。
無数の孤児たちの、悲しい叫び声だ……。
『ぎゃうがががあああああああああああああああああああああああッッッ!!?』
―――本当は、孤児たちの叫びとも似ていない咆哮だった。
怒りと痛みと苦しみに、それでも埋まり切れない悲しい絶望がある。
孤独だ、『お母さん』と叫んでいることに気づけたのはフリジアだけ。
いもしない者に、必死に頼ろうとしている……。
「動け!!動け!!『ゴルメゾア』ああああッッッ!!!ここで、お前が討たれたら、『お母さん』に褒めてもらえない!!女神イースも、褒めてくれないはずだ!!ビビのためにも、耐えて、跳べ!!走れええええッッッ!!!」
―――悲しい絶望が、フリジアと『ゴルメゾア』のなかでつながった。
共鳴するその力が、『ゴルメゾア』に命令のままに操ってしまう。
それは奇跡のようでいて、しかし邪悪な呪いのようにも見えた。
少なくとも、戦士たちからは裏切り者にしか見えなかったんだ……。
「『カール・メアー』を、殺せ!!」
「誘拐だ!!『そいつら』は、ビビアナ・ジーを誘拐しているぞ!!」
「バケモノを、殺せ!!取り戻せ!!」
「ビビアナさまああ!!ビビアナさまああああ!!」
―――怒りと敵意が、絶叫に揺さぶられながら。
清らかな夏の朝陽のなかを、おぞましい『ゴルメゾア』が走る。
たくさんの恐ろしい声が響いていたが、『この子たち』に届いたのは。
フリジアの声だけだ、リュドミナは沈黙を保ち観察していただけだからね……。
―――フリジアを、観察していた。
理論武装を組み立てようとしているのさ、孤児同士の共鳴現象に対してのね。
『仮面』の力を、恐れ始めているんだよ。
それはまるで何でも知っているかのように、フリジアに知恵を与えた……。
―――何かしらの、呪術がそれに刻まれているのかもしれない。
孤児にしか出せない、音域の悲鳴があるのかもしれない。
考える、何かしらの仕組みがあるのではないかと。
歌と音楽を死体のように解剖するのが、詠唱長だからね……。
―――何かしら、この現象に秘密があるはずだと考えようとしていた。
でもね、見つかりはしない。
見つけられないものだよ、悪意や合理的ではない善意めいた知覚はね。
女神イースの教義で言えば、慈悲の力をフリジアは使っている……。
「……私が、いつか抱きしめてやるぞ。女神イースは、お前たちを、きっと褒めてくれるから。きっと、『お母さん』も、お前たちを今度は誇りに思う。抱きしめて、離したくない。今度は、そう伝えてくれるだろう」
―――抱きしめるような、力だよ。
獣を二匹引き裂いて、無理やりにくっつけたようなおぞましい者に。
フリジアは仮面の奥から、まっすぐな視線を使っていた。
太陽みたいに強いんだ、本当の女神イースの慈悲の使い手の瞳はね……。
―――逃げられてしまう、『ルファード軍』の戦士たちは追いつけない。
ビビアナが『人質にされている』と考えているから、長い矢も放てなかった。
血と奇声を吐き散らしながら、東に向かって駆け抜ける『ゴルメゾア』。
その歪んだ背中を、ただ見守るしかない……。
「『さあ。向かいましょう。儀式の場に。この世界に、素晴らしい祝福を与えなくちゃね』」
「…………ビビ。がんばれ、もう少しだ。すぐに、治療してやるからな。だから、絶対に、死ぬな……」
「……………う、う………………ふり……じあ…………み、あ…………」
「……ミアっ。祈っていて、くれ……ッ。絶対に、何が、何でも、どんな、悪いコトをしてもっ。私は、私が、ビビアナを助けるんだからっ」




