第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百六十五
―――リュドミナ・フェーレンの言葉に、聞き入ってしまう。
罪の感覚が、ビビアナを捕らえていた。
罪悪感というものは、拭い切れずに永延にまとわりつく厄介な想像力だ。
『人買い』はビビアナにとって誇りであり、罪でもある……。
―――リュドミナの言葉は、心の奥で暴れていった。
不安と自信があっという間に、喰い尽くされていく。
それを見て、リュドミナはますます笑顔だ。
何を考えているのか、全く読めないヒトならざる笑顔だ……。
「こ、怖いっ!!」
「『正しい認識です。貴方は、とても賢いのね。裁かれるべき悪。生まれて来てはいけない存在。どうしてなのか、分かりますね?』
「ビビ!!か、考えるな……ッ」
「『それはですね。貴方が、周りをどんどん不幸にしていく。暗黒の星みたいな子だからですよ』」
「ち、違うっ!!」
「『違わないでしょう。賢い貴方になら、よく分かるコトです。だって、たくさんの不幸が、犠牲があって、その上に貴方はふんぞり返って座っていたの。それが、邪悪でなくて、罪深くなくて……いったい、何なのでしょう。さあ。考えてみればいい』」
「ビビは!!愛されていたんだ!!やさしい!!ひ、必死に、自分に許される限りで、周りを幸せにしようとしていた!!」
「『どうでしょうねえ。努力をしたからといって、罪が帳消しになるわけじゃないもの。『狭間』は、罪深い。貴方を産んでしまっただけで、愛し合うお父さまとお母さまは、どうなったの?』」
―――ビビアナの表情が、壊れる。
知的で冷静な顔ではなくて、まるで独りぼっちになった子供のように泣きそうだ。
言われたくないし、考えたくない。
自分のせいで、両親が死ぬことになったのは事実ではある……。
―――事実ではあるが、それもまた二人の決断だ。
ビビアナは悪くない、それをビビアナも知っているはずだけど。
悪魔のように鋭く差し込んで来る言葉が、心の奥にある自尊心の炎を吹き消した。
ビビアナは吐き気に襲われ、目眩までしてくる……。
「『罰が、来ますよ。ほうら。貴方が恐れているものが。聞きなさい。エルフ混じりの『狭間』。血泥棒。この足音を、ちゃんと聞きなさいな』」
―――地上にいる『ゴルメゾア』が、足をリズミカルに踏み鳴らしていた。
地下は激しく揺れて、ビビアナは幻惑されてしまう。
まるで大勢の人々が、追いかけてくるような気がしていた。
幼いころの記憶でもある、南のエルフたちは三人の親子を追い回した夜もある……。
―――リュドミナ・フェーレンは、そんな事実までは知らない。
だが、彼女は知っているんだよ。
心無い迫害者たちは、この大陸の何処にだっているという事実をね。
『ゴルメゾア』の足音を使うだけで、音の達人はビビアナを怯えさせられるんだ……。
「み、みんな!!来て!!ビビアナさまを、守って!!」
「『呼んでも、ムダですよ。だって、呼ぶだけ……死ぬことになるもの。この子を守ろうとした者は、みんな不幸になるの』」
「そんなことは、ない……っ。私は、こうして……っ!!」
「『あらあら。立ち上がってしまったのね。ほんと、腹立たしい背教者だこと』」
―――戦士たちが、ビビアナのために駆け付けてくれる。
『ゴルメゾア』の暴れる足音に、恐怖しながらもね。
でも、悲劇が起きてしまった。
『ゴルメゾア』が地上で大きく飛び跳ねて、その瞬間に崩落が起きる……。
「う、うわああああ!?」
「て、天井が崩れてくるう!?」
「ぐ、ぐはあう……び、ビビアナさま…………」
「死にたく、ない……」
「『ほうら。やっぱり。貴方は、生きていちゃいけない存在ですね。また、貴方のために生きるべき価値のあった命が、失われてしまいました。どう思います?この真実を目の前にして、自分の価値を……どんな風に判断するのですか?』」
―――部下たちが、また死んでしまった。
ビビアナの心は限界に近くなる、耳をふさぐんだ。
エルフの血が、それをしても聴覚の遮断なんて許してくれないけれど。
潰れてしまい、うめきながら死んでいく声を聴いてしまうんだ……。
「いや、いやよ。もう、いや。こんなの、こんなのって、ないわ……っ」
「『この世にいるのが、嫌なら。さっさと死んじゃえばいいのです。ビビアナ。ようやく、女神イースの慈悲が、分かって来たんじゃありませんか?悲しくて、罪深く。周りを不幸にしかしない命は、間違っているのです。そんな者は、死ぬべきなんですよ』」
「違う!!ビビを、いじめるな!!」
「『違わないわ。ほうら、ビビアナさん。見てて。また、貴方のせいで……貴方の周りのヒトが死ぬからね』」
―――毒針をリュドミナ・フェーレンは投げつけて、薬草医の体に当たる。
心臓狙いの投げつけだ、毒は素早く回ってしまう。
解毒剤を使いこなす必要があるが、彼女の意識はもうない。
ビビアナが、めちゃくちゃな声で悲鳴した……。
「お、おい!!しっかりするのだ、薬草医殿おおおっ!!死んでは、いけない。さ、さっきの薬なら―――」
「『効かないわ。今度のは、『カール・メアー』の毒だけ。それは、『ブランガ』混じりとは違うもの。助けられるとしたら……この薬だけよ』」
「よ、寄越すんだ!!早く、早く……っ」
「『いいわよ。ビビアナさんが、この毒を飲んでくれたらね』」
―――リュドミナ・フェーレンは、泣きじゃくっているビビアナに小瓶を投げた。
怯えながらも、『ハーフ・エルフ』ならではの反射神経が働いた。
その手が小瓶を掴んでしまい、コルクのフタを素早く開く。
フリジアの叫びも、絶望に支配されていたビビアナには届かない……。
「やめろ、やめろ、ビビいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」
―――毒を、飲んでしまう。
飲んでしまった直後に、フリジアがビビアナに抱き着いた。
毒が回り、その場に崩れ落ちていく親友を。
抱きしめながら、名前を呼んだ……。
「『よく出来ました。さあ。エルフさんには、お薬を、あげましょうねえ。ビビアナさんの命が、ようやく勝ち取れた善行ですもの。大切にしなくちゃね』」




