第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百六十四
―――弱っていたのは事実だ、『彼女』の体力も魔力も尽きかけている。
ビビアナの読みは正しい、そうだとしても。
リュドミナ・フェーレンは、『カール・メアー』武術の頂点の一人だよ。
その人格を模した精神状態にある『彼女』も、またバケモノめいて強い……。
「『私に勝てるなんて、思わないで下さいね』」
「お前は、リュドミナ・フェーレンじゃないでしょうが!!」
「『いいえ。私は、本物のリュドミナ・フェーレンですよ』」
「その『女』に植え付けた、それこそ『寄生虫』でしょうに!!」
―――剣を振るい、突きを放つ。
だが、リュドミナ・フェーレンは避けてしまうんだ。
『ハーフ・エルフ』の素晴らしい身体能力でも、実力差がある。
やわらかな風にあらゆる物が命中しないように、その鋭い攻めも届かない……。
「だと、しても……ッ!!」
「『あら。勝算があると?』」
「ある!!あるわよ!!逃げ続けてみなさい!!追いかけ、続けてやるんだから!!」
「『……時間、稼ぎか。知恵が回るわね』」
―――視界の端で、エルフの薬草医が動いていた。
フリジアを仰向けにして、脈を取る。
青ざめた顔になっていた、何せ脈が今にも途切れてしまいそうだったからね。
フリジアは、そのとき死にかけていたんだ……。
「『何の毒か、分からないでしょう。薬草医さん。『カール・メアー』の使う毒なんて、貴方には分からないはずだもの』」
「…………いいえ。これは……この症状は……」
「『残念、『ブランガ』じゃありませんよう』」
「そ、そんな……ッ」
「騙されなくていいの!!こいつは、こいつは大噓つきの悪魔みたいなヤツだ!!」
「『あらあら。この詠唱長に対して、悪魔だなんて。皮肉が利き過ぎていませんか、『人買い』の『狭間』さん』」
「真実でしょうが!!こいつの言葉は、信じないの!!こいつは、ヒトを騙せる話術の使い手なんだから!!」
―――話術の達人だからね、その言葉はよくヒトを騙せる。
エルフの薬草医ほどのベテランだって、一瞬で騙されかけていた。
自信を与える言葉も得意で、自信を奪う言葉さえも得意だ。
ビビアナがいなければ、話術の魔法に呑み込まれていたかもしれないね……。
―――でも、いたんだよ。
ここにビビアナがいてくれて、ここに薬草医がいてくれた。
だから、フリジアは死の運命から逃げられる。
薬草医は脈を取りながら、魔力も診る……。
「『ブランガ』に……似ています。似ているけれど、これは、たしかに、違う」
「『正解ですよ。『ブランガ』じゃありません。だから、助けられない』」
「いいえ!!助けられるわよ!!がんばって!!」
「はい!!助けられます。私たちは、とっくの昔に、勝ち方を知っているんですから!!」
「『勝ち方……ですって?何のことかしらね』」
「『ブランガ』と、『別の何か』。その混合毒です!!」
「『……あらあら。よく分かりましたね。元々は、あなた方の毒ですから。読み解けたというコトでしょうか?』」
「それだけじゃ、ありません!!メダルドさまが、この症状と戦い続けてくれた!!それを、私たちは、必死に治そうとしていたんです!!」
―――ここには、医療チームが揃っているんだ。
エルフの薬草医もいれば、サルマたち元・帝国軍の看護兵たちもいる。
ソルジェに遺書を倒したカートマンも、間接的にはこの毒の研究に関わっているよ。
彼の遺したノウハウも使って、メダルドを治療しようとしていたんだから……。
―――ヒトの命を助けたいと、医療に携わる者たちは本能に刻み付けている。
戦士たちとは真逆の職業倫理であり、それはときに敵味方の境界を越える善意を成す。
過去の医療人たちの知恵と執念が、合わさっているんだよ。
『星の魔女アルテマ』の知恵も、ここにはいるのも忘れちゃいけない……。
「この錬金薬なら、治療が出来ます!!」
「『……まさか。そんなはず、ないでしょう?』」
「あるのよっ!!ソルジェ・ストラウスが、とんでもない錬金術師の部下を持っているんだからね!!フリジアを、助けて!!」
「はい!!フリジアさん、これで、助かりますよっ!!」
―――メダルド・ジーのために調合された錬金薬が、フリジアに注射される。
ガクン!と大きくフリジアの体が跳ねたが、大丈夫だ。
青ざめていた顔に血の色が戻ってくれる、脈も不穏な揺れから正常の拍に戻っていく。
ヒトを救おうとした者たちの執念が、この結果を作った……。
―――戦場という空間は、合理的な悪意が支配している。
だからこそ、ボクたち戦士はそれを読み解くことも出来るんだ。
でもね、ときどき読み間違える。
それには悪意みたいな合理的な力学じゃなくて、善意という非合理な力が関わる……。
「あはは!!アンタの、作戦!!失敗したみたいね!!フリジアの魔力が、戻ってきているわよ!!」
「はい!!大丈夫です、フリジアさん。呼吸を、ゆっくり。魔力を……そうです。『炎』を、今は強めてみてください!!」
「……はあ、はあ。ふう、ふう……っ」
「『……本当に、解毒してしまったというのですか?あの毒を、こうも容易く。そんな叡智を、どこから…………まったく。本当に……『狭間』も亜人種も、私を苛つかせるの上手なんですからね』」
―――笑顔が深くなる、リュドミナ・フェーレンは『より笑った』。
口走っている言葉とは、まったくの逆にね。
この悪女は、恐るべき演技の達人でもある。
歌や言葉を死体のように解剖し、ヒトへの効果を研究する……。
―――その過程において、数多の芸術を理解して来てもいるからね。
武術もそうだけど、音楽や舞踏や演劇についても博識だ。
『人買い』の洞察力でも、『読めない』とビビアナに認識させる。
『何を考えているか、分からない』という感覚を植え付けられていたんだよ……。
「な、なによ。これ……こいつ。気持ち、悪い」
「『気持ち悪いのは、『狭間』のくせに、奴隷売買の中心にいたそちらの方でしょうに。世の中の摂理や常識に、あまりにも狂っていますものね。かわいそうに。あなたは、とても滑稽だわ。あなたこそが、売り物にすら値しないゴミクズなのに。あなたに、売られるなんて』」
「う、うるさい……ッ」
「『さあ。どんどん、私の言葉を聞いてください。そして、罪科の重さを知るのです。異教徒であり、許されぬ血の泥棒。あなたは、どれだけの同胞を、犠牲にして、ごちそうを食べてきたんでしょうか?』」
「うるさい!!うるさい!!」
「『感情的に、なってはいけません。そんな荒っぽい動きでは。私に、付け入られてしまいますよう』」
「だ、ダメだ……ビビ。も、もっと動きを……うう、はあっ」
「『残念でした。私には、やっぱり……勝てませんね』」




