第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百六十一
―――子供扱いするのさ、何せ『アルティミス』だからね。
女と子供の守護者だから、助けてやりたいのだろう。
このあわれな『彼女』を、間違った流れから。
もちろん善意から来るものだけど、それを『彼女』は受け入れない……。
―――信じ込んでいるからだし、信じたいからだ。
誰もが自分に嘘をつくことだってある、心はとても複雑な厄介なものだから。
正義への確信があれば、どれだけだって間違えられる。
何せ『彼女』は騙されている、どれだけ穢されても壊されてもいいのだと……。
「背教者が、無礼な発言ばかりを、並べ立てるな!!ありもしないことを、私は、聞いたのだぞ!?女神イースからの啓示を、聞いたんだ!!この耳で、この心で!!」
「『幻覚だろう。心を病んだ者には、この世にない声が聞こえる』」
「うるさい!!そうじゃない!!違う!!絶対に!!だって……」
「『詠唱長殿に、確認してもらったからか?お前を騙して、利用しているあの女に』」
―――詠唱長の仕事は、何も聖歌隊の責任者や監督をするだけじゃないよ。
詠唱、歌だけじゃなくて『言葉の専門家』でもある。
聖歌も聖句も祈祷も、『より正しい発音や言い回しで口にするべき』だからね。
それらを専門に研究し、正しさを追求する職務が詠唱長にはある……。
「『聞いたんだろう。お前が、啓示とやらを聞いてしまったとき。お前は、あのリュドミナ・フェーレンに確かめてもらった。喜んだろう。リュドミナ・フェーレンはな』」
「当然だ!!聖なる啓示を、わ、私が聞いたんだ!!それは、『カール・メアー』にとっても、喜ばしい。『カール・メアー』だけじゃなく、イース教の信徒の全員に……ッ!!」
「『違うな。お前を、騙せて操れるからこそ、喜んだのだ。狐のように、山猫のように、あの細く歪んだ、好色な目で』」
「リュドミナさまを、お前ごときがバカにするな!!雑魚のくせに!!」
―――否定したいから、全力にもなれた。
振り回され続ける剣に、『炎』の魔術。
せまい地下で逃げ場も少ないはずで、腕前にも差があるはずだった。
それなのに、現実は『彼女』をまた裏切ってしまう……。
―――どれほど迫っても、回避されてしまうのだ。
刃が迫っても、『炎』が迫っても。
『アルティミス』は、ピエロのような軽薄さと賢者じみた先読みを行う。
あと少しまで攻撃が迫っても、どうしても当たらない……。
「どうして、だ!?」
「『それは、お前が『カール・メアー』の武術をマジメに学び過ぎているからだ』」
「は、あ!?」
「『理想が過ぎるんだよ。だから、目を閉じていて、こんなステップでも私に避けられる。最高の『カール・メアー』の巫女戦士であろうとしている。その努力は、正しいが……正し過ぎて、見え見えなのは間抜けたハナシだな』」
―――武術は難解なところがあって、純度が高すぎると読まれやすくなる。
あまりにも『カール・メアー』らしいから、『カール・メアー』を知る者に読まれた。
対・『カール・メアー』の戦いに限り、今のフリジア……『アルティミス』は最強だ。
何せ、生まれたときからお山にいるんだからね……。
―――真に『カール・メアー』の申し子なのは、フリジア・ノーベルだよ。
その事実を感じ取りながら、『彼女』は苛ついた。
それはそうだろう、誰よりも『カール・メアー』に染まっているはずのフリジア。
その立場を顧みることなく、今では『カール・メアー』を裏切った……。
「欲しいものを!!私が、欲しいものを!!持っているくせに!!」
「『そうかもなあ。フリジアは、捨て子だが、ちゃんと周りに愛されていた』」
「私だって、愛されていた!!両親にだ!!父親の肩に乗せてもらい、母親の料理の味を知っている!!私の歌は、二人にしっかりと褒められたんだぞ!!」
「『……そうか。それは、とても素晴らしい思い出だな』……うらやましいぞ」
―――この戦いは、人生の衝突だった。
似ているところもあり、まったく違うところもあるイースの申し子たち。
どちらが正しいのかを主張しながら戦っている、高尚な聖戦のようにね。
それでいて、実際のところ……。
「子供の、ケンカみたいね……っ」
―――とつてもなくハイレベルな、子供のケンカにも見える。
それも正しい味方だった、二人はあわれな子供時代を持っていて。
それが互いの理解を、根底の部分で拒絶し合うのだから。
親から捨てられ聖なる愛を得た者、愛してくれた親を殺され聖なる愛に嫌われた者……。
―――根っこから、大きく違っていると。
反りなんて、なかなか合わないものだよ。
お互いが、本当に嫌いだけれど。
でも、今のフリジアは『アルティミス』だった……。
「『いい加減、やめようではないか。お前は、包囲されつつあるんだぞ』」
「うるさい!!うるさい!!私には、女神の加護がある!!お前には、ない!!だから、だから、勝てるんだよ!!」
「『力で、示すしかないか』……不毛だな」
「ちょ、ちょっと、バカ!?フリジア、その仮面を、取るんじゃないわよ!?」
「ああ。いいんだ。ビビ、大丈夫だから、待ってろ」
「そ、そんなコト……言っても」
「私は、今まで勝っていただろ。こいつに」
「……負けそうなら、手を貸すからね」
―――『仮面』を外したフリジアが、やさしい目で『彼女』を見つめる。
『彼女』は好機だと感じる、『アルティミス』の力を認めたわけじゃないだろうけど。
『アルティミス』の得体の知れなさは、混乱を呼び起こす力があった。
それが消えたのだから、自信にあふれてしまう……。
「……勝てると、信じているな。お前」
「当然だ!!もう、あんな仮面に惑わされなど、しない!!」
「そうか。ならば、勝ってやるよ。フリジア・ノーベルだけの力で」
「ハハハ!!死ね、背教者!!」
―――ビビアナには、見えた。
二人が放った攻撃は、かなりの速さがあったけれどね。
同じ技巧だったよ、『カール・メアー』式の大振りの斬撃。
互角に見えたし、実際のところほとんど互角だった……。
―――斬撃が衝突し合って、剣が弾かれる。
勝ったのは、フリジアだったよ。
『彼女』は自信まで砕かれて、そのまま壁際にまでよろめきながら後退する。
フリジアは、静かに剣を向けた……。
「……今なら、少しは素直に聞けるだろ。お前に、女神イースは啓示を与えてなんていない。ただ、『寄生虫』の実験台にされているだけだ」
「……そんなことは、ない。リュドミナさまに、正しい……って」
「受け入れろ。この敗北が、全てだ。お前は、もう弱っている。『仮面』を使わない私にだって負けるほど。体力も魔術も、使い過ぎたんだよ」
「…………違う、死ぬまで……止まらないっ。いくら、穢れても、いくら、壊れても……」
「聞け。お前は、本当に悲惨なヤツだが……死ぬべきでは、ない。だって……だって!う、うらやましいことに…………お前には、ちゃんと、愛してくれた両親がいたのだろう。私には、いなかったのに!!こ、こんなに欲しかったのに、私には、いなかったのに……っ」




