第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百六十
―――『アルティミス』の認識力は、まるで残酷で正しい子供のようだ。
血まみれで暴れる『彼女』の神経を、どこまでも真実で逆なでしてしまう。
その態度からさえも、『アルティミス』に心を読解されていくのだ。
『仮面』の魔法だよ、それを付ければ誰しも認識力がいくらか向上する……。
―――フリジアみたいに、天才催眠術師みたいなビビアナが手伝えば。
『仮面』の魔法は、さらに引き出されていく。
今のフリジアには、自分が創り上げた『アルティミス』の鋭さがある。
簡単に言ってしまえば、二倍は認識力が磨かれている状態だよ……。
「『お前は、あわれなガキみたいなものだ。クズどもに穢されてしまった。壊されてしまった。家族まで殺されて、ひとりぼっち。『男』でもなければ、『女』でもない。『カール・メアー』の女たちからも、おぞましく痛ましい者として、嫌われた。なんて、あわれな』」
―――真実は、いつだって正しいよ。
正しいからこそ心に突き刺さる牙にもなる、とくに純粋な『仮面』の言葉はね。
まるで子供の指摘のように、嘘もなければ偽りもなくて容赦もない。
当然ながら、そんな指摘をされた『彼女』には激怒する権利ぐらいはあるよ……。
「私を、あわれむなと!!言っているんだ!!私を、私は!!聖なる任務の最中にあるんだッッッ!!!」
「『ああ。そうだろうとも。あわれなガキに過ぎないお前は、穢されて壊されたからこそ、聖なる価値が欲しくなってしまったのだ。そうでなければ、お前は自分を認められない。ほめてやれないからな。あまりにも不浄の存在なのだから』」
「私は、正しい道を歩んでいる!!フリジア、フリジア・ノーベルっ!!お前ごときに、バカにされるいわれはない!!」
「『そうだろうか?お前は、自分の価値なんて、見つけられていなかっただろう?お前は、とんでもない才能を捨てた。あんなにきれいな歌さえも、捨て去ってしまった。鳴かないカナリアは、自分をどう慰めるんだ?』」
―――『仮面』の言葉は無邪気で奔放、正しさしかなくて強かった。
自己弁護を好む『彼女』であっても、言葉を捨てて剣を選ぶ。
『寄生虫』たちに強化された才能が、恐るべき速度を与えていた。
さっきよりも数段速いもので、フリジアの実力なんて超えている……。
―――回避できないんじゃないか、ビビアナの洞察力は不安を覚えた。
でもね、現実はその不安を軽やかに飛び越えてしまう。
『アルティミス』が猫のように軽やかに跳ねて、『彼女』の怒れる突進を越えた。
背後を取った『アルティミス』は、そのまま『後ろ歩き』を使う……。
―――振り返るよりも速い、なんて発想を『アルティミス』はしたのさ。
フリジアは、天性の『仮面遣い』かもしれないね。
自分の使えない技巧を、『アルティミス』という『仮面』から引き出してみせた。
その『後ろ歩き』は異常なほどに軽やかで、さらに図々しいと来ている……。
―――背後を取られてしまったせいで、緊張に強ばっていた『彼女』。
その冷や汗が浮かぶ張り詰めた背中に、ピタリと『アルティミス』が触れる。
背中合わせになるのさ、まるで子供がじゃれて遊んでいるかのように。
『仮面』の下で、ニヤリと笑っていたのはフリジアか『アルティミス』か……。
「『なあ、レナス・アップル。お前も、実のところ、気づいているんじゃないか?』」
「なに、を……ッ」
「『お前は、騙されているんだよ。バカだから』」
「騙されてなど、いないっ!!」
「『そうかな。穢されて、壊された。その上、お前は、異教の力にまで手を染めている。みじめで、おぞましく、罪深い』」
「だ、ま、れ……ッ」
「『そんな罪深いゴミごときに、女神イースが何を期待されると言うのだ?』」
「だまらないなら、だまらせてやる!!」
―――『炎』を使う、せまい地下で真紅の業火が暴れた。
『彼女』は『炎』を引き連れて、剣舞を踊ったんだよ。
その背後にいる、『アルティミス』を殺すために。
自分を馬鹿にし続ける者を、今こそ黙らせてやりたいのだ……。
―――軽やかなステップで、『炎』を引き連れた斬撃と『いっしょに踊る』。
まるでデュエット/二人踊りのように、二人の動きは一致していた。
攻められる直前を、すいすいと軽薄に逃げている。
達人というよりも、天才の翻弄の仕方を『アルティミス』は見せた……。
「ばか、なっ!?お、お前ごときが……ッ」
「『お前ごときなどと、お前ごときが、この『アルティミス』に言うとは。何とも滑稽だ。ゴミのようなお前が、聖なる価値を求める。分不相応な真似をして獲た力が、真なる女神イースの弟子に通じると思うな』」
「お前は、ただのフリジア・ノーベルだろうが!!ただの、孤児の……ただの、出来損ないの凡庸な!?」
「『いいや。『アルティミス』だよ、本物さ』」
―――もちろん、本物のはずはない。
しかし、今のフリジア自身が信じ込んでしまっている。
単純だからこその思い込みだし、『仮面遣い』の才能ゆえさ。
信仰と同じでね、聖なる価値を自分に信じた者は権威を帯びる……。
―――女神イースの啓示を、聞いてしまえるほどに必死で純度ある信徒なら。
フリジアが完璧に演じている、女神イースの聖なる弟子『アルティミス』も感じられる。
まるで、本物の『アルティミス』であるかのように。
理性ではなくて、本能に訴えるのが真の自信というものだ……。
―――『アルティミス』の自信満々な言葉と振る舞いに、『彼女』は呑まれた。
だって、穢されて壊されてしまった『彼女』は。
まったくもって自分自身に、価値など持っていないからだよ。
石ころは宝石に敵わない、宝石どころか自信を持ってかがやくガラス玉にもね……。
「『そろそろ、目を覚ますがいい。あわれなガキよ。私なら、おそらく助けてやれる』」




