第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百五十九
―――女神イースからの啓示が、リュドミナ・フェーレンからの命令が。
心のなかで反復されて、増幅されていく。
疑いなんて、持たなかった。
持つ必要なんて、ないのだから……。
「あの啓示は、本物だ。私は、それを成し遂げるために、生まれたんだ。父さん、母さん。私は、全てを女神イースに捧げます。だから、待っていてね」
―――孤独な魂は、いつだって何かを頼りたがるものだ。
孤独な魂を集めるように、自らを提供する能力に長けた指導者というのもいる。
それらが合わさると、強烈なカルトが生まれた。
リュドミナ・フェーレンという人物は『彼女』を救い、『彼女』を破滅させる……。
―――気づくことはないだろう、妄信というのは心地が良いものだから。
どれだけも間違えてしまえるのが、正義の恐ろしさだよ。
突き進む、突き進んでしまう。
殺して殺して殺して、落ち着き払った狂気を完成させていった……。
―――人間族と、亜人種が混じったこの空間を『彼女』は嫌う。
嫌いな対象には、誰だって暴力的になれる。
全ての残酷さは許されているんだ、『カール・メアー』の教えによって。
世界を浄化する慈悲の殺人なんてものを、心から正しいと信じている……。
―――『カール・メアー』は、間違っているのさ。
この世界の現状が、暴走を加速させてしまっている。
皇帝ユアンダートの『人間族第一主義』が、『カール・メアー』に力を与えた。
力は溺れる者を作ってしまうものだ、どんな聖なる集団であったとしてもね……。
―――おこがましくて、あつかましい。
正義の執行者であるだけじゃなく、もっと罪深い正義に変わった。
リュドミナ・フェーレンの命令のまま、聖なるモノになりたい『彼女』は獣に堕ちた。
返り血を喜びながら、彼女はついに決戦の場所まで到達していた……。
「て、敵だああああ!!?」
「こいつ、一人でここまでやって来たというのか!!?」
「囲め!!取り囲むんだ!!」
「『カール・メアー』の、狂信者め!!」
――――見つかったとしても、問題はなかったよ。
たくさんの血を吸うことで、『寄生虫』は強化されていたからね。
『彼女』の身に巣食う『寄生虫』は、少しばかり特殊だ。
『ゴルメゾア』との共鳴が行える、ソルジェとゼファーのように心をつなぐ……。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
―――地上では、『ゴルメゾア』が叫んでいた。
『彼女』のいる丁度、真上でね。
強烈な足踏みをして、地面を揺さぶった。
地下にいた戦士たちは、衝撃と崩れ落ちて来るレンガと土にあわててしまう……。
「ほうら。私には、女神イースのご加護があるだろう!!」
―――混乱に乗じて、力を振るえばいいだけだった。
速さと精度があり、容赦が一切ない憎しみと怒りの刃が暴れて狂う。
戦士たちも『彼女』に傷を与えるが、傷は『寄生虫』たちに内側から縫われた。
どんなに異教の力を使っても、敬虔であるはずの『彼女』は傷つかない……。
―――リュドミナ・フェーレンのやさしい声が、頭のなかに聞こえていた。
「どんなに穢れたとしても、どんなに汚れて壊れてしまったとしても」。
「貴方だけは、『例外』で特別なのですよ。貴方には、その役目を女神イースがお与えになったのですから」。
「どんどん、その痛みと苦しみに、耐えて。聖なる道を共に進みましょうね」……。
「ハハハハハハハ!!この力が、この痛みが!!この、私を壊して、作り変えてくれる力が!!私だけが行える、女神イースへの献身なのだ!!」
「こ、こいつ……っ。く、狂っているっ」
「ほ、本当に、ヒトなのか……!?」
「き、『寄生虫』を飼ってるだけの、ただの尼僧だ!!ひるむんじゃない!!ビビアナさまを、守らなければならん!!」
―――戦士たちは士気を取り戻すが、『彼女』はもう止まらない。
戦士たちにもうかつさがあったよ、ビビアナが近くにいることを教えたようなものだ。
『彼女』の闘争本能と信仰心が高まって、戦士たちの群れに突撃していく。
隠密の技巧には、もう頼らなかった……。
―――誰よりも鍛錬をして来た、その自負はある。
どれだけの痛みにも、苦しみにも耐えられる。
孤独にも絶望にも、女神イースとリュドミナ・フェーレンの与えたくれた希望で勝つ。
槍に貫かれて剣で斬られて、ボウガンの矢が当たり魔術で焼かれても……。
「この程度では、止まらない!!私はなあ、私は!!どれだけの痛みを、受け入れて来たと思っているんだ!!『狭間』にそそのかされた異教徒どもめ!!罰するに値し、生きていくことにあたわぬ悪人どもめ!!私に、殺されろッッッ!!!」
―――鋼に貫かれながらも、巻き込むように斬りつける。
『寄生虫』の回復能力に依存した、狂気的な『自爆』の攻めだよ。
自分が正しいと信じていなければ、これだけの苦しみに耐えられないだろう。
『彼女』は進み、ついに医療区画にまで到達していた……。
「待ちなさい!!ここから、先へは、進ませない!!」
「エルフか?エルフの女か?」
「そうよ。私は、ここの薬草医!!ここは、戦える者たちはいない!!戦士は、いないの!!貴方が、僧侶だと言うのならば、苦しみながらケガと戦う者たちに、剣を向けないで!!」
「ハハハハ!!苦しみと戦うだと?……そんなものが、異教徒である罪と、亜人種である罪と、『狭間』である罪を免れるための理由になど、なるはずがない!!」
「貴方には、ヒトの感情がないの!?」
「聖なる任務のためだけに、私は壊れているんだよ!!そんなことも、理解できないか!!エルフよ、エルフ!!お前にも、私の慈悲を与えてやろう!!お前も、お前を憎むこの世界になんて、いつまでも生きていたくないだろう!!」
「た、戦うというのなら、私も……魔術をッ!!」
「やってみろよ!!非戦闘員のフリなんてやめて、殺し合おう―――!?」
―――ナイフが、目の前に飛んで来た。
『彼女』はどうにか、それを避ける。
見たこともないほどの速さがあって、そのくせ見覚えのある技巧を感じた。
にらみつけて、納得する……。
「フリジア・ノーベルと、それに、ビビアナ・ジー。ようやく、見つけたぞ」
「ビビアナさまっ!?か、隠れていてください!?」
「貴方が隠れていて。こんなに被害を出されて、私も隠れているだけなんて真似は出来ないの。ここの責任者なんだから」
「き、危険です!!貴方に、何かがあれば……私はっ。それに、メダルドさまも!!」
「勝てば、いいだけよ。そうよね、フリジア……じゃなくて、『アルティミス』!!」
「『そうだ。この『アルティミス』に任せるがいい。倒してやるぞ、この阿呆を』」
「……なんだ、その仮面は?ふざけているのか?ふざけているんだな?お前は、まったく、間抜けが過ぎる!!」
「『間抜けはどっちだかな。リュドミナ・フェーレンごときに、騙されやがって』」
―――フリジアの言葉に、『彼女』は髪を逆立てるほどの怒りを見せる。
それを観察することで、ビビアナは納得していたよ。
フリジアの『推理』は、おそらく完璧に近しいほど当たっていたと。
リュドミナ・フェーレンの大きなミスの一つは、フリジアに笑顔を見られたことさ……。
「『あんな顔で笑っているんだ。どう考えても、お前を利用しようとしている女に決まっているだろう。あわれな魂め。孤独が過ぎて、邪悪にさえも抱き着いたか』」




