第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百五十八
「『その通り。あれは、離さないだろう。あそこまで、気に入ってしまえば。レナスは、リュドミナ・フェーレンに、永遠に融けない飴でもあげたのかもしれない。虫歯になってしまうかもしれないな。過ぎたる甘さは、ヒトに噛みつく』」
―――役者と同じだよ、仮面を使いこなせば性格も口調も変わる。
当然のように『語彙』だってね、祭りで悪鬼のお面をかぶったとき。
君は、『どれだけ言葉を忘れてしまう』かな。
せいぜい、獣のように唸ったり吼えたりさ……。
―――仮面を使いこなすとき、ヒトの心は変わってしまう。
ビビアナの催眠術めいた誘導が、フリジアをその境地へと至らせてしまった。
難しい言葉だって、今のアルティミスには使える。
何せ『カール・メアー』育ちだ、記憶のなかには難解な説法の数々があった……。
―――フリジアにとって、『アルティミス』は一種の神格だ。
気高く賢く強い、フリジア普段の性格よりもね。
これは一種の演技であるし、神さまを憑依させる巫女の技巧でもある。
武術と信仰の経験があるフリジアには、到達しやすい境地なのさ……。
「……あの『女』は、啓示を聞いたとか、言っていたわね」
「『啓示……啓示ねえ。私は聞いたコトがない。イース教全体では、ちらほらあるが。私は……女神イースの声なんて、聞こえないし……そもそも、聞こえなくても分かるからいいだろう』」
「……分かる?どういう意味かしらね」
「『教義と戒律に従いたければ、それでいい。信仰に、決断などいらない。分かっている。それ以外をしたいときにだけ、助言を必要とするのだ』」
「啓示なんて、嘘だと?」
「『あいつには聞こえたのかもしれないな。だが、本当に女神イースがささやいたのか?『あんなに間違っている』あいつなんかを、喜ばせるような都合の良い言葉を、もらえるとは思えん。ニセモノを、本物だと信じたいだけだろう』」
「ニセモノの啓示、ね。たしかに、私も神さまの神秘を信じられない。『ギルガレア』は、いたけれど」
「『実在する神など、惑わすだけだ。安心はするが、それでは救えない者たちを、救ってやるために不在の女神イースはいる』」
―――仮面の力は、何とも偉大なものだった。
女神イースに依存したがっている聖なる少女は消えて、今はまるで賢明な聖戦士だ。
ビビアナは、自分とフリジアの才能の融合に冷や汗をかく。
親友の別人格を、深層心理の底から引きずり出してしまった気持ちになったよ……。
「不在の神だけが、救える……ね。奇跡なんて、ない方が、みんな幸せなのかしらね。ゆっくりと、人々だけの力で世界を変えて行った方が……?」
「『感傷的になるなよ、ビビ。私たちは、正しく戦うべきだ』」
「……そうね。敵について、より知らなくちゃならない。リュドミナ・フェーレンが、嘘の啓示を吹き込んで、あの『女』を洗脳したとする。問題は、何を吹き込んだのか」
「『蟲だろう。蟲で、女神イースを作る。その方法までは、見えん。だが、狙われているのは、ビビと……ビビで動かせる、メダルド・ジー』」
「……このゲームは、私が敵の手に堕ちなければ勝てそうだわ」
「『ああ。そうらしい。私は、勝つぞ。ビビのために、私のために。それに、女神イースと、あわれでみじめなレナス・アップルのためにも』」
「やさしいのね、フリジア」
「『当然だ。私は、『アルティミス』。『女と子供の守護者』なのだ。弱者を守る。女神イースの最初の弟子だ』」
―――フリジアが、恐るべき成長を遂げていたころ。
『彼女』は地下へと、到達しようとしていた。
『ゴルメゾア』を追いかけて、戦士たちは分散してしまっている。
地下は十分に守られているからこそ、『ルファード』の城塞の守りに戦士を割いた……。
―――潜入の技巧を有する『彼女』なら、この程度の守りを破るのは難しくない。
隠れながらやり過ごし、殺さなければならないなら殺す。
残酷な判断力と、高度な暗殺者の技巧により静かに深く入り込んでいた。
こちらの警備に慢心があったわけじゃない、たんに『彼女』が有能なだけ……。
―――返り血を浴びるほど、今の『彼女』は冷静になれた。
赤い赤い記憶がある、赤い竜が大嫌いなんだよ。
血にまみれたような色で、『狭間』の少女が乗っている。
夢に見ていた啓示のように、あの光景は心にやってきて忌々しくも乗っ取っていたんだ……。
―――殺したくてしょうがないほど、生粋の暗殺者は落ち着ける。
女神への聖なる信仰と、はげしい憎しみが組み上げる復讐心。
どちらもが、使命の化身へ変えるコツだ。
無音を帯びた潜入は続き、標的の気配はすぐそこ……。
―――「言葉を使いましょう。自分に言い聞かせるのです」。
「正しい言葉の使い方が必要なのは、歌だけではないのよ」。
「自分の心を操るためには、正しく単語を並べていきなさい」。
「『貴方には、女神イースの啓示があるわ。それを実行するためには、間違いを犯してはならない。慎重さが要る任務のときには、常に私の言葉を心に招き入れなさい。詠唱するのです』」……。
「……はい。分かっています。敬愛する、詠唱長リュドミナ・フェーレンさま。私には、聖なる任務がある。啓示があります。啓示が。間違えません。教えられた通りに、この怒りも、この憎悪さえも、御してみせます。心も体も、貴方がくれた言葉に委ねます」




