第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百五十七
―――心理操作術の達人に導かれ、フリジアの心はさらに記憶を探る。
無遠慮なまでの行動力で、忘れたフリをしていた領域に踏み込んだ。
見えるし、聞こえた。
記憶のなかの光景で、首を回して視界を広げる行いさえも可能となる……。
―――鍛錬に狂って、汗と涙を流す狂気がいた。
『おぞましいと感じもするし、うらやましくも思う』。
嫉妬してしまえるほどに、『彼女』はとても熱心であったし。
それを遠くから、見つめている者をにらみつけた……。
―――『カール・メアー』という、フリジアにとって絶対の権威でさえ。
今では無遠慮に見通してしまえる明晰さがあるのさ、善悪はともかく強い。
高い丘の上で、『彼女』を値踏みする目がある。
『詠唱長リュドミナ・フェーレン』、やさしい飴と聖歌のプレゼンター……。
―――今まではね、やさしい微笑みしか見えなかった。
そうでない表情など、フリジアの『カール・メアー』への忠誠心が塗りつぶしたから。
でもね、もう違うんだよ。
この記憶の光景のなかで、偽りの彩色は剥げて落ちた……。
「『笑っているなあ。そっか。あの人、あんなに……意地悪な山猫みたいに笑う人だったんだなあ。曲がってるよ。アハハ。おかしいなあ。どーして、あんな目をしているのに。知らんぷりしていられたんだろう』」
―――もしも子供が、そのときフリジアが見ていた笑顔を見たら。
恐ろしくて膝を揺らしたり、親の背中に無言のまま抱き着いていたりしたかもね。
山猫の目は、あまりにも獣の目だったからだよ。
リュドミナ・フェーレンも狂気の持ち主だ、聖なる狂気のね……。
「『あいつ。利用されようとしているのかもしれない』」
「……あの『女』のコトね。レナス・アップル……」
「『うんうん。そうそう。リュドミナさまは、あいつの異常でヘンテコな情熱を見て、何かを思いついている。いや、もっと、そうだな。企んでいたんだよ。きっと、聖なるコトだろうけど。その半面で、ろくでもないコトを』」
「『女神イースのためなら、何だってするものね』」
―――ビビアナは、フリジアの記憶に方向性を与えた。
魔法のような一言だよ、フリジアはまぶたを閉じる。
やさしくて緊張のない、自分が最も不得意としていた瞑想の内観。
静謐さと空虚を、さみしがり屋は嫌うものだが今は別なんだよ……。
「『ビビが一緒にいてくれるから、アタマのなかが、スッキリするなあ。ビビは、教師に向いているよ。尼僧にならないか?』」
「『カール・メアー』は、絶対にごめんよ。あちらの信条にも合わないでしょうしね」
「『まあな。それはそうだ。『カール・メアー』の……今の『カール・メアー』は、大間違いだな。『こんなのじゃないのだ』。本当の、女神の慈悲とは……もっと偉大なくてはならん。『詠唱長』よ。間違ってる。とくに、間違っているぞ、その誰かの必死さにつけ込もうとしている笑いはな』」
「……『そのバカ、何をしようとしているのか。見えちゃったのね』」
―――催眠術の奥義は、序列を使いこなすこと。
権威ある者の声に、従わせるのが有効なんだ。
『詠唱長リュドミナ』を、バカと罵るのが有効なんだよ。
今のビビアナは、フリジアにあらゆる振る舞いを許せる『先生』だからね……。
―――ニンマリと笑うフリジアに、ビビアナはミアを連想した。
自分が知る限り、『この世界で一番強い少女』をね。
フリジアはこの一瞬で、また強くなった。
少なくとも『カール・メアー』に対しては、かなり強くなっている……。
―――金色猫の仮面を、フリジアはかぶった。
閉じていた目を開くが、そこにある視界はとてもせまい。
だからこそ、想像力が生き生きするときもある。
今のフリジアは、『アルティミス』を演じているのさ……。
―――女神イースの直系の弟子であり、最古の巫女戦士の一人。
つまりは『カール・メアー』よりも、『正当な女神の巫女戦士』と言える存在。
それに自分が近づこうと、本能的に選んでいる。
ビビアナには最初から見えていたのだろう、フリジアが仮面を選んだ理由がね……。
―――そうさ、フリジアはこの仮面をつけて戦いたかった。
自分の心を支配している『カール・メアー』の権威に、反旗をひるがえしたかった。
『カール・メアー』よりも、より『正当な女神の権威』を選ぶことで。
心の底では叫んでいた、『カール・メアー』なんてクソくらえをという本音を示した……。
―――無意識のうちにね、そういうものだよ。
ヒトの深層心理に根差すような、根源的な感情というものはね。
今のフリジアは、『カール・メアー』にまったく囚われていない。
大きな自由を得た、自信の翼は心をどこまでも羽ばたかせる……。
「『あの性悪飴女は、かわいそうなレナスを、自分の道具に変えようとしていた。あの目だ。一度でも分かる。十分過ぎるぞ。あれは、聖なる慈悲から最も遠い。この仮面が、最も倒さなければならん、邪悪。女、子供を利用する、悪鬼の目だ』」
「レナスを、リュドミナは支配していたと?」
「『それはそうだ。そのために見ている。あれは、『物』を見る目だ。女がよくやる、お気に入りの品への笑み。ヒトに向けるべきものじゃない。最初から、支配していたんだろうな。きっと、今も。ビビなら、分かるだろ?』」
「『詠唱長リュドミナ・フェーレン』が、あの『女』に、私を襲わせた。黒幕なのね」




