第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百五十五
―――宗教という力の質は、『つなげる』ことだよ。
神さまと、人々を心理的につなげて安心を保証するものさ。
神さまの効能は、色々とあるだろうけれど。
フリジアと『彼女』にとって、それは『孤独』からの脱却だった……。
―――二人とも家族を失っている、孤児だったからね。
女神イースとのつながりを持つことで、救われたんだよ。
精神的なメリットは、そのあたりになる。
そもそも宗教なんて、精神的なメリットだけで十分なはずだった……。
―――だが、慈悲深い女神イースがこの世に実在したら?
フリジアたち信徒に、大いなる奇跡を使ってくれるのなら?
フリジアは願いを叶えるかもしれない、『家族が欲しい』という願望を。
『彼女』も、人生において奪われた何もかもを取り戻せるのかもしれない……。
―――少なくとも神さまが、この世に実在したならば。
神さまの不在に対して、怯えなくて済むのは確かだよね。
フリジアと『彼女』は、女神イースに救われているからこそ。
その実在が証明されたなら、何よりも心穏やかに暮らせるのだろう……。
「あの『女』は……女神イースを、『寄生虫』を使って再現するつもりなの?」
「……んー。そこまでは、私にも分からん。だが、それが可能なら……とても、良いコトかもしれないし……罰当たりなのかもしれん……」
「良いのか悪いのかも、分からないの?」
「難しい。少なくとも、『カール・メアー』にとって、女神イースの再臨自体は、最高の夢だと信じられる」
「……なるほど。あの『女』も、そうなんでしょうね」
「うん。きっと、レナスもそうだろう。だって、あいつは……私よりも、孤独だから。あいつは、私が知っている限りでも、指折りの悲惨なヤツだ」
「でしょうね。孤立している。そう、アンタも迷ったという事実は見過ごせない。『カール・メアー』の総意として、『寄生虫』で女神イースを再現するなんて行為を、是としない」
「うん。それは、そうだろうな。異教活動だし、あんなおぞましい虫けらで、女神イースを……だが、いないよりは……いや、女神イースは、誰の心にもおられるのは確かなんだが」
「宗教の在り方は、どうだっていいわ。今、必要なのは、敵について知る。それだけ。それに集中しなくては」
「……敵、敵か……レナス……」
「あの『女』は、『寄生虫』で女神イースを再現しようという行為を……承認されたと言っていたわね」
「ふーむ。女神イースにだろうか?」
「そんなはず、ないでしょうね。あの『女』がそれを口走ったとき……そう、『承認された実験』と言っていたわ。あいつの使った言葉のニュアンスで、アンタも『疑った』わよね」
「……お山が、命令しているかのように感じたのだ。あのときは……どうしてだろう?」
「『カール・メアー』における女神イースというものが、どういう存在なのかまでは知れないけれど、一般論として、一神教の神さまは『実験』なんてしない。絶対的な存在は、間違うはずもないからよ」
「おお。ビビは、やっぱり賢いなあ……そうだよな。女神イースが、実験なんてするはずがないのだ。全知全能にして、絶対にして唯一なのだから!」
「ということは、あの『女』に承認を与えたヤツがいる」
「ん。そう、だな。そうなるのか……」
「誰か、見えるんじゃないの?」
「……お山……いや、お山じゃない。もっと、何と言えばいいのか……こう、その。全体じゃなくて……」
「せまい。あの『女』は孤立していたから、『カール・メアー』での人間関係は、極めてせまいはず。『そこ』に、集中しなさい、フリジア。『見る』のよ。まぶたの裏に……あの『女』と、そのせまい人間関係を想像するの。そのなかに、『実験』という単語と結びつくヤツは?」
「実験、実験…………あ。そう、だ。『詠唱長』……」
「『詠唱長』というのは、聖歌隊のリーダーか何か?」
「そう、だ。『カール・メアー』の聖歌隊も、いくつか種類があるのだ。役職も、そこそこあって……」
「『詠唱長』の仕事は、一体何なの?」
「聖歌隊を、仕切る。それと、あれだ。聖歌の旋律の、研究……たしか、その。呪術的、魔術的な意味も、旋律にはあって……それが、果たして教義や戒律とどの程度のつながりがあるか、とか、何とか……と、とても、インテリな部門でもあって…………」
「『プレイレス』は、文化全般が盛んな土地よね。学問も……神学研究もあれば、歌の専門家だっている。呪術の教育者も、いる」
「そう、そうだ。『詠唱長』は……あの方も、『プレイレス』に、研究に行かれておられたときがある……」
「そいつと、あの『女』の関係は?あの『女』のせまい人間関係の、どのあたりにいる?」
「……つながりは、あってもおかしくない」
「当然ね。あの『女』の聖歌は、天才的なわけだから」
「……そう、だ。そう……うん、『詠唱長』は、レナスと会っているはずだ。お山に、あいつが救助されたとき……会っている……でも、そこまで、近しくはない……」
「まあ、そうかもね。あの『女』は、もう歌っていないのでしょう?」
「そうだ。歌っていない。もう、歌わないと、決めたのだ。巫女―――ううん、戦士になるから……『詠唱長』は、聖歌隊に近く……レナスは、そこから遠くに……接点は……あまり、ないかも」
「『プレイレス』の任務で、そいつらが再会した可能性は?」
「あると、思う。リュドミナさまと、レナスは……『プレイレス』に、同じ時期に……」
「『詠唱長』は、リュドミナって言うのね」
「リュドミナ・フェーレンさまだ……とても、おやさしい方で、私にも飴を分けて下さったこともある…………なあ、ビビ」
「何かしら、フリジア?」
「……レナスは、まだ歌が好きだろうか……幼いころのように。私は、オトナになった今でも、飴は好きだ……」




