第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百五十二
―――ビビアナとフリジアは、屋敷の地下へと逃げ込んでいた。
かつては『人買い』のための仕事場であり、今では野戦病院としても機能している。
戦士たちがガードを固めてくれたから、とりあえずは安心できたようだ。
だが、もちろん何の問題もないわけじゃないよ……。
「ビビアナさま!!その『カール・メアー』から、離れて下さい!!」
「そいつが、あの厄介者どもを招き入れたに違いありませんよ!!」
「ちょ、ちょっと、待て!?わ、私は、無実だぞ!?」
「そうよ!!落ち着きなさい!!フリジアは、私を守ってくれているだけよ!!」
「し、しかし!?……あれも、『カール・メアー』の者というじゃありませんか!?」
「叫び声が、屋敷に響いていました……いや、屋敷の外にまでも」
「関係ないわ。あの『女』は、フリジアとは無関係よ!!私が、断言してあげる!!」
「び、ビビ……っ。あ、ありがとう……っ」
―――フリジアには、ビビアナの友情がありがたい。
お山との決別を、自らが決めた直後だからね。
新たに帰属すべき居場所の存在が、どれだけ心を癒してくれることか。
感涙しながら、ビビアナに抱き着いた……。
「わ、わあ。ちょっと、何をしているのよ。涙とか、鼻水とか……っ」
「う、うう。すまないっ。ごめんっ。でも、でも。あ、ありがどおおうううっ!!」
「……まったく。ほら、こんな子が、私への視覚になるわけないでしょう。せいぜい、ドジって情報漏洩してしまったぐらいよ」
「う、うええっ!?い、いや、してないっ。していないぞっ。少なくとも、じ、自覚はこれっぽちもなーい!!」
「だ、そうよ。『カール・メアー』の諜報能力が、どれほどのものかは分からない。だから、フリジアから情報が洩れるかもしれないけれど……とにかく、この子は、私の……そ、その。た、大切な、親友なんだから―――って、こら、抱き着くなあっ!?」
「うええええええっ!!本当に、本当に、ありがとうっ!!ビビ、ビビのこと、絶対に守るからなっ!!女神イースに誓って!!」
「わ、分かったから。もう、離れなさいな」
「うう、うん」
「……お二人の、その、友情は認めますが……しかし、このまま野放しにしていては、周りも混乱するかもしれません」
「メダルドさまからも、彼女を見張るようにと申し付けられていますし」
「まあ、『カール・メアー』が動いているのは事実だからね……」
「わ、私がウロチョロしていると、ひょ、ひょっとして混乱するのだろうか!?」
「あんたでも分かるくらい、当然の反応でしょうね。あのレナス・アップルとやらは、まだ捕まえてはいないでしょうから」
「バケモノを、使役していたからな……しかし、『ゴルメゾア』……イース教の守護成獣の名前を、つけるなんて……罰当たりな」
「いかにも教信者だったわね。『カール・メアー』は、ああいうのばかりなの?」
「い、いや。苛烈な者も多いのだが、あいつは……特殊だから」
―――ビビアナも、その言葉にはうなずいた。
去勢されて、尼僧だらけの集団に入った者。
地獄のような悲劇の果てに、救い出された結果が『カール・メアー』への執着だ。
『彼女』の目を思い出すだけで、身震いしてしまう……。
「殺しても、あきらめそうにないわね。あいつは……」
「う、うむ。化けて出る程度のことは、やってのけそうだぞ」
「怖いコト、言わないでよ」
「と、とにかくだ。私が、地上をうろつくと迷惑になるのなら。ビビといっしょに、この地下にいて……ビビの護衛をしたい」
「わ、我々としては……ビビアナさまの周りにいられるのも、困るのだが……っ」
「叔父さまの命令でも、却下だわ。地下なら、混乱は与えないでしょう」
「し、しかし、ですね!?」
「いい?私が、あの『女』からも、あのバケモノ……『ゴルメゾア』からも生き延びられたのは、間違いなくフリジアの奮闘があってだわ。優秀な戦士でもあるの。間抜けたところはあったとしてもね」
―――超一流とは言い難くはあるが、達人並みとは言えるだろう。
実力以上の覚悟があるからだよ、メダルドと同じくらいビビアナのために命を張れる。
そして、一つ重要な点があるのさ。
フリジア・ノーベルは、『カール・メアー』の戦士たちの戦術に詳しい……。
「この子には、私の護衛をしてもらいながら……情報を提供してもらうべきよ」
「じょ、情報……『カール・メアー』の……か?」
「嫌とは、言わさない。あんたの居場所は、うちなんだからね」
「……お、おう……ッ」
「『カール・メアー』が、何を考えているのかが分かるとすれば、あんただけ」
「む、むう。だが、どうにも『カール・メアー』的な動きではない。異教の力を使うなど、本来はありえないのだぞ?」
「いいかしら?『ありえない状況』というのなら、『逆引き』が利くのよ」
「さ、逆引き……だとっ?」
―――ビビアナは、やっぱり切れ者だよ。
戦闘のプロフェッショナルではないけれど、『人買い』として商人として才がある。
数学の問題のようなものさ、『ありえない状況』を生み出す原因を推測すればいい。
組織哲学というものは、幾何学的な絶対さを持っていると知っているのさ……。
「『何のためなら』、『ありえない状況』を『カール・メアー』はやれるの?」
「…………それは、あれだ。『女神イースのため』だけだ。他は、ありえん。それこそ、殺されたってな」
「即答したわね。選択する余地もないほど、可能性は少ないということよ」
「う、うむ。ちょっと、お前の言葉は難しいが、きっと、レナス・アップルは、あいつなりの正しさで、女神イースのために行動をしているのだろう……お山が、関係しているかは、ちょっと分からない。あいつの暴走なのかも?」
「……『寄生虫』を使っていて、『ルファード』にいた。ということは、あの『女』、セザル・メロとかいうヤツと、ここであっていたのかしら?」
「私は、お山の命令であいつを追いかけていたのだぞ?」
「……じゃあ、ボーゾッドだわ。あいつが、情報提供者だったのね。レナス・アップルは、ボーゾッドを経て、『寄生虫』を得ていたのよ」
「帝国貴族は、本来は『カール・メアー』と協力関係にあるものだからな。ありえる、かもしれん。少なくとも、リヒトホーフェン自身よりは……」
「情報を、集めておくべきね。尋問してあげるわ」
「じ、尋問っ?」
「『人買い』時代に培ったテクニックというものがあるの。あんた自身が忘れている情報だって、思い出させてあげるから、覚悟しなさい」
「お、おうっ。この状況を解決するためなら、何だって協力するがっ。い、痛いのはナシだからなっ!?」




