第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百五十一
―――行動というものは、ヒトを素直にさせるものだよ。
ビビアナだってね、怒っちゃいるけれど怖がってもいる。
いくらか武術の心得があったところで、戦場で笑いながら戦う猟兵とは違う。
巫女戦士たちほど、信仰心による心理操作が利いているわけじゃない……。
―――ただの女の子だよ、死にたくだってないのさ。
港には恋する青年だっているのだから、生きていたいに決まっている。
だから、その逃げ足は磨きがかかるんだよ。
義務と決意で作り上げていた戦いのための仮面は崩れ、ただの女の子になる……。
「……こ、怖いっ。怖い……っ」
「そ、それでいいんだっ。ビビ、お前は、戦わなくていい。あいつは……レナスは、普通じゃない」
「……バケモノを、手懐けていたわ……っ」
「ああ。何でも、ありだ。とにかく、今は……」
「ビビアナさま!!こちらです!!」
「避難を、地下ならば、安全です!!」
「え、ええっ。貴方たちも、気をつけなさい。あいつらは、強いわ」
「任せて下さい!!あのバケモノも、全員でかかれば問題はありません!!」
―――『彼女』は、戦術的な過ちを犯していたよ。
いくらなんでも、『ゴルメゾア』はやり過ぎだった。
八メートル近くある巨大な獣に、町を警備していた戦士たちが殺到していく。
矢と投げ槍を放ち、『ゴルメゾア』の背中はまたたく間に穴だらけにされた……。
『ぎいいいいいいいいいいいいいああああああああッッッ!!?』
「……『ゴルメゾア』、屋上に逃げるぞ!!」
『ぎいい、いああああああああ!!』
「痛むだろうが、これも……聖なる使命のためだ!!ガマンしろ!!」
―――『彼女』は『ゴルメゾア』の腕に抱かれ、怪物は命令に従う。
屋敷の外へと飛び出すと、巨大な腕と脚を猿のように使って壁をよじ登った。
屋上にある鳩舎が、怪物の手に潰されてしまう。
怯えた鳩たちが、夜明けが近づきつつある空へと飛び立っていた……。
「バケモノを、仕留めろ!!」
「隊伍を組め!!一斉射で、一気に傷を負わせるんだ!!」
「毒を使え!!『ブランガ』が、有効かもしれん!!」
「こ、こいつも、『寄生虫』とやらの怪物なのか!?」
「違ったとしても、この猛毒は有効だろう!!」
「致死量は分からんが、とにかく大量に撃ち込め!!」
「あの……女は?さ、さらわれているのか!?」
「違う!!あいつは、『敵』だ!!『カール・メアー』らしいぞ!!」
―――状況は混乱を深めているが、それなりに指揮は統制されていた。
ベテランたちが多くいるのは、こういうときに効果的だ。
若い判断力や集中力は、迷いやすいほどには柔軟なのだからね。
判断することもなく、成すべきことをただ成せる堅さはベテランの魅力だ……。
―――それでも、混成部隊である『弱点』も晒してはいたけれどね。
無言のまま行動を連携できるほど、ここに集まっている者たち同士に馴染みがない。
種族も違えば、やって来た土地も違うんだからしょうがないことだ。
その解決策は単純にして明快過ぎて、『彼女』に筒抜けになってしまう……。
「作戦を、怒鳴り散らしてくれるとはな。愚か者め」
―――大声で、作戦を伝え合うしかない。
『ゴルメゾア』が悪目立ちしているから、ベテランたちは魔物相手の戦い方をする。
魔物狩りならば、言葉を大声で使っても普段は問題ないからね。
しょうがないことだよ、弱点はあったとしても威力は十分に出せるんだ……。
「毒矢を、撃ち込めええええええええええええええいッッッ!!!」
―――三つの方向から、隊伍を組んだ戦士たちが矢の群れを放つ。
逃げ場はないが、『彼女』が守る。
『風』の魔術を使い、『ゴルメゾア』を守る結界を張ったんだ。
薙ぎ払われた矢が、空に飛び散っていく……。
「ま、魔術を、使うのか!!」
「構わん!!あれだけの魔術、そう何度も連続で使えるか!!」
「エルフでもない!!ただの、人間族の女だ……『カール・メアー』だ!!」
「『カール・メアー』……ッ。『血狩り』の悪女どもめッッッ!!!」
―――『カール・メアー』に個人的な恨みを持つ者も、当然いるよ。
『血狩り』を始め、亜人種に対して彼女たちの応対は残酷が過ぎるからね。
亜人種の戦士たちが、同調から逸脱していた。
感情任せの矢の乱射で、『彼女』と『ゴルメゾア』を狙う……。
―――だが、今度は『ゴルメゾア』の番だった。
『ゴルメゾア』が、見せつけるように大きく腕を広げる。
威嚇を放つ大猿のような動きであり、力強さが躍動していた。
ただの威嚇なら良かったのだが、これもまた魔術だったんだよ……。
―――『雷』の魔術を、『ゴルメゾア』は放っていた。
自分たちに向けて撃たれていた矢が、空中で雷電の網に絡め捕られる。
矢の柄が『雷』に裂かれて、飛び散った。
戦士たちからすれば、その驚きはあまりにも大きい……。
「ま、魔術を、使うのか!?」
「なんだ、あのバケモノは……ッ」
「魔術を使う魔物なんて……ま、まるで、ストラウス卿の、りゅ、竜じゃないか!?」
「い、いや、あいつには、あいつには翼がない……竜じゃない。ただの、魔物だ!!」
―――魔術を使う魔物は、なかなかに珍しい。
珍しい敵に対しては、ベテランたちも惑いやすいものさ。
動揺が広がって行く様子を、『彼女』は見破る。
『男』の心理にも、詳しいからね……。
―――世俗を知らない『カール・メアー』の巫女戦士じゃなく、より混沌とした存在だ。
長らく『カール・メアー』のために、世界を旅してもいる。
戦場も知っているんだよ、『プレイレス奪還軍』の戦いだって観察していた。
彼女は、戦場のエキスパートに育ちつつある……。
「『ゴルメゾア』、魔術を、合わせるぞ!!」
―――そうさ、『パンジャール猟兵団』の情報も知っている。
魔術の連携の仕方も、真似できるほどにはね。
『彼女』と『ゴルメゾア』が、魔術を融合させる。
『炎』と『風』を合わせて、うねる火焔の防壁を生み出した……。
「く、くそ!!や、屋敷が燃えてしまうぞっ!?」
「火勢が、強い!!炎に、隠れる気なのか!?」
「ば、馬鹿な。あんな火力を使えば、あいつらだってタダじゃ済まん!!」
「狂っているのか、追い詰められて自殺でもしようと……?」
―――身を焼きつくような灼熱のなかで、『彼女』は作戦を放った。
『ゴルメゾア』に、屋敷の屋根から跳ぶように指示を出す。
近くの家の屋根を伝って、飛び移りながら逃げるように。
戦士たちは、『ゴルメゾア』に反応してしまう……。
「追いかけろ!!あれに乗って、逃げやがったんだ!!」
「絶対に、仕留めろ!!」
「追え!!追ええええ!!」
「あのバケモノ猿を、殺すんだ!!」
―――そうだ、これは『罠』だった。
炎に巻かれた屋根で、うつ伏せになり身を隠していた『彼女』がいる。
『ゴルメゾア』を『囮』にして、自分を隠させたのさ。
あきらめていないということさ、ターゲットを仕留めることをね……。
「……必要なんだよ。奪わせてもらうぞ、メダルド・ジー。お前の、姪をな!!」




