第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百四十九
―――戦いは何だって使うべきだ、最新の装備も原始的な肉体技もね。
フリジアは『彼女』の平たい胸に頭から突っ込んで、そのまま左手首に噛みついた。
肉をえぐって噛みちぎるような勢いだよ、フリジアも十分に優秀な戦士だ。
噛む力だって、常人とは比べられないほどに強い……。
―――そして、『彼女』の心の傷にも有効打となったよ。
金持ちは『彼女』を歌わせるために、犬を使って調教していたからね。
噛ませて泣かせて、歌わせた。
聖歌をあまりにも冒涜した行いだけれど、それでも最高の歌声になる……。
「犬は、犬は!!大嫌いなんだよおおおおおおおッッッ!!!」
―――世界は弱者には、いつだって痛ましいものだ。
『彼女』の運命は、同情してあげられるほどには悲惨だよ。
それを、フリジアは知っている。
『カール・メアー』にずっといる、この捨て子だった少女も……。
―――泣きながらだって、ヒトは戦えるんだ。
そもそも、『カール・メアー』とはそういう苛烈な巫女戦士たちだからね。
体術を使う、尼僧が使う体術の多くは制圧術がもっぱらだ。
尼僧に襲い掛かる暴漢を、どうにか押しとどめるためのサブミッション……。
―――『弱さ』の証みたいで、『彼女』はそいつが大嫌いだった。
『男』を連想させて、嫌いなんだろう。
金持ちから『男』を奪われているし、『女』に見立てられて犯されてもいる。
そうだよ、悲惨で残酷で容赦ない痛みがあった……。
―――必死なサブミッションは完成した、『彼女』は感情が昂り過ぎて遅れを取った。
フリジアは両腕で『彼女』の左腕を抱きしめて、両脚で右腕を絡めて止める。
その形は完璧な技巧ではないけれど、百点満点以上なんだよ。
興奮状態では筋力が強まり、技巧を使うより力任せでいいときも多いからね……。
「こ、こんな、こんなヤツにっ!!お、親からも、愛されてなかった……っ。捨て子ごときにっ!!」
「う、うるさいっ。愛されていたっ!!愛されていたんだ!!だから、『カール・メアー』に捨ててもらえた!!お山なら、大切にしてもらえるからだよ!!」
「詭弁だっ!!お前は、親の本当の愛を知らないからっ!!教義だって、裏切れるんだ!!」
「違うっ。よく分からんが、よく伝えられないが……そうじゃないっ!!」
―――二人ぶんの人生が、そこでぶつかっていた。
泣きながらも怒る、お互いが何か一致する部分を持っているけれど。
絶対に譲り合うことはできないから、こんなに苦しみながらも戦える。
運命がもう少し優しかったら、運命がもう少し鈍足だったら……。
―――フリジアは『狭間』のために、戦うなんてしなかったかもね。
ビビアナが両親や叔父から全力で愛されていることに、嫉妬しただけかも。
目の前にいる暴れる『彼女』は、過去の鏡でもあるんだ。
愛する『カール・メアー』と、決別する瞬間がやって来た……。
「お前は、止めてやる!!この私が、絶対に、止めてやるんだ……っ!!」
―――サブミッションに、技巧が通う。
『彼女』の左手を、へし折るために組まれた腕が破壊的な交差を作った。
体重と筋力をかけて、手首の骨を折るんだよ。
『カール・メアー』と別れ、大切な親友を守るために……。
「うあああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
―――悲鳴を上げたのは、フリジアの方だ。
『カール・メアー』の巫女戦士は、泣きながらだって戦える。
悲惨な者をあわれむための涙も、『カール・メアー/故郷』との決別の涙も。
熱くて痛くて辛くても、フリジア・ノーベルは戦い抜いた……。
「ぐ、があっ!?」
―――『彼女』の左の橈骨が、折られていたよ。
大きく生々しい音を立てて、その手首は痛ましい角度で捻じ曲がる。
武術の試合ならば、勝負ありだ。
だけど、ここは戦場だからそうはならない……。
「殺されるまで、私は……止まらんっ」
「こ、殺し……たくは、ないっ。お前は、お前は……っ」
「私が、とどめを刺してあげるわ。部下を、殺されたんだっ。あいつらも、『狭間』だと私が知っても、変わらないでいてくれたのに!!」
「び、ビビっ。に、逃げろ。逃げるだけで、いい……ッ」
―――ビビアナは血走った眼で、ナイフを抜いた。
報復もまた正義と呼ばれるものだ、ビビアナの怒りももっともだろう。
ビビアナにとっても、部下は家族みたいなものだからね。
仕事が帝国のせいで上手く行かなくなっても、彼らは一緒にいたんだ……。
―――苦楽を共にしながら、一緒に働いた者たちの絆は強くて深いよ。
戦いの場は、力と運命が支配している。
世界は誰しもが、多かれ少なかれ悲しみを背負ってもいる。
誰の想いが、いちばん正しいかを決めるのはいつだって暴力だ……。
「『ゴルメゾア』ああああ、暴れろおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
―――狼にも猿にも似ていたバケモノが、咆哮と共に『火球』を放っていた。
ビビアナは必死になって避ける、地面に向けて身を投げてギリギリで回避する。
『火球』がまたジーの屋敷を破壊した、ビビアナの大切な思い出の場所を。
メダルドとその妻との思い出も、たくさんあるんだ……。
「うう、よくも!!よくも……ッ。私の、家を……ッ。叔父さまの家を……ッ。思い出を、壊しやがってえええええッッッ!!!」




