第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百四十五
―――『敵』の姿が、髪の色が。
フリジアの記憶の底から、哀れな者を引き上げる。
『カール・メアー』は女性で構成された宗教組織、そこに『男』は数少ない。
古い記憶のなかで、その『男』は泣いていた……。
「ようやく、私が誰かを思い出したか!!落ちこぼれの、フリジアめ!!」
「お、お前……は……レナス・アップル……ッ!!」
「そうだ!!『カール・メアー』の、聖なる戦士だ!!」
「男は、『カール・メアー』にいないんじゃないの!?」
―――レナス・アップルは、唇を歪める。
ビビアナの指摘が、『彼女』の心に刺々しく突き立てられたからね。
『彼女』は、自分が『男』として生まれてしまった事実を認めたくない。
『カール・メアー』に相応しいのは、巫女戦士だったから……。
「こ、こいつは、例外なんだ!!こいつは……か、かわいそうなヤツなんだ」
「―――ッッッ!!!私を、私をあわれむな、背教者ごときがッッッ!!!」
「く、くそっ。つ、強い……ッ」
「許さない!!!許さないぞ、私へのあわれみなんてッッッ!!!」
―――かわいそうな運命が、『彼女』を支配していた。
『彼女』が少年だった幼いころ、偉大な天賦の才があって。
それが結局は、『彼女』を苦しめる道へと追いやった。
あまりにも『彼女』の歌声は、美しかったからだよ……。
「私の運命は、報われている!!!『聖歌隊』で、歌っていたときも、聖なる戦士となった今でもッッッ!!!背教者ごときが、推し量れるなどと、思うなよッッッ!!!」
―――ビビアナ・ジーは、『人買い』としての才能も知識も経験もある。
だからこそ瞬時に、この悲痛な怒りに震える『彼女』の運命を読解したんだ。
世の中は金と権力で支配されていて、それらを持つ者は貪欲な蒐集を行う。
それに対して『商品』を提供してきたのが、ジーの一族の罪深い生業だ……。
―――イース教の『聖歌隊』は、各地にある。
ボクたちと通じている厳律修道会にも、『カール・メアー』にも。
ほとんどの宗派に、『聖歌隊』は存在しているんだ。
その役割は、名前が示しているよね……。
―――歌うのが、『彼女』の仕事だった。
幼いころから天才的な歌声の持ち主で、イース教のとある宗派が『彼女』を雇う。
貧しい家に生まれてしまったから、『彼女』と家族にとっては貴重な収入だ。
父親は帝国兵だったけど、ずっと昔に死んでしまって生活は苦しかった……。
―――『彼女』も、歌うことが好きだったのさ。
歌という芸術は、とくに本物の聖歌の歌い手となるには条件がある。
歌うことを愛していて、神さまが大好きなことだよ。
そうじゃない者の声では、本物の聖歌にはどんなに上手でもなれない……。
―――『彼女』にとっては、天職だった。
歌と女神イースを愛しているのだからね、だからこそ。
運命は残酷なものともなるんだ、価値ある貧しい者に乱世は残酷だ。
『彼女』の聖歌を聴いた金持ちが、『彼女』を求めてしまう……。
―――『高級な芸術品』を求めるとき、ヒトは容赦ない渇望を伴った。
ヒトは少なからず芸術を愛していて、芸術品を所有することを望む。
芸術はね、それとつながるヒトを大きくしてくれるのだから。
美しい絵を見たとき、誰しもが感動で心をふくらませるだろう……。
―――美しい景色を見たとき、それと自分がつながるような感覚を知っているはずだ。
ヒトの心は、芸術と触れ合い大きくなるのさ。
その金持ちも、『彼女』の歌声に惚れ込んだ。
あまりにも美しい歌声という芸術品を所有して、自分を高めようとした……。
―――『人買い』に命じて、『購入』しようとしたんだけれど。
『彼女』の母親は、断ったんだ。
当たり前といえば、当たり前のことだよね。
『彼女』は母親に、深く愛されていたのだから……。
―――金持ちは、その拒絶を受け入れはしなかった。
誰しもが正しい分別で、欲望を制御できるとは限らない。
金持ちは『人買い』に命じたんだよ、家族を殺してでも奪ってしまえと。
『人買い』はそのビジネスに同意して、家族を殺して『彼女』を誘拐した……。
―――おぞましい欲望は、止まらない。
『彼女』が男だと知ったとき、金持ちは実に身勝手な選択をした。
あまりにも美しい高音で歌える『彼女』の声、それを維持するために。
声変わりする前に、去勢してしまうことにしたんだよ……。
―――世の中が、正しさだけで紡がれているとは限らなくて。
『彼女』は、正しくない欲望の犠牲者にされてしまった。
家族も殺されて、自分の性別さえも奪われたとき。
大きくて深い絶望と、それでも神さまを信じる心だけは残った……。
―――絶望の闇が、信仰の光を強めてしまうときもある。
苦痛や絶望に挑むため、弱者が選べる道は多くないのだから。
信仰はますます深くなり、皮肉なことに歌声は神秘を帯びた。
『カール・メアー』に、その歌声の評判が届くほどに……。
―――『カール・メアー』は、邪悪なまでに苛烈な信仰を持つけれど。
それだけの組織じゃなくて、強い信仰心と正義の化身でもある。
『カール・メアー』の巫女戦士が、『彼女』の境遇を知ったとき。
その剣の残酷さが八つ裂きにしたのは、『彼女』を苦しめた金持ちだった……。
―――絶望の闇のなかで、『彼女』は女神イースの力の化身に救われた。
『カール・メアー』に保護されたとき、『彼女』の信仰はより確信を得る。
自分が残りの命の全てを、捧げ切るべき信仰と出会ったんだ。
地獄で結ばれた聖なる絆ほど、純粋さと歪んだ正義にかがやけるものはない……。




