第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百四十四
―――鋼が衝突して、甲高い音が響く。
この狡猾な『敵』でも、勘違いしていたことがある。
『狭間』であっても所詮は金持ちの娘に過ぎず、武術の腕前など知れたものだと。
それは間違いだよ、ビビアナは十分な鍛錬をしていた……。
―――ジーの一族に迎え入れられた日から、どんな努力も怠らなかったからね。
商いの知識だけじゃない、美しさも身を護る術も学び続けた。
『敵』やフリジアほどの腕前じゃなかったとしても、十分な強さだよ。
二対一ならば、この強い襲撃者とさえやり合えてしまうほどにね……。
「鋭い、突きを……ッ」
「舐めるな……ジーの一族を、舐めるな!!」
「ビビ、に、逃げろと言っただろう!?」
「アンタだけじゃ、すぐに負けちゃうでしょうが!!」
「だ、だとしても……ッ。それは、それが、私の役目だ!!『カール・メアー』の、巫女戦士の…………ううん。『私』の役目なんだぞ!?」
「知ってる!!知ってるから、死なせたくないんだ!!」
「び、ビビ……っ」
「倒すわよ!!他の護衛が、来れないなら!!私たちだけで、倒せばいいんだから!!」
―――『敵』にはビビアナの強さは、想定外だった。
『敵』の心には、偏見があったからね。
『狭間』は邪悪な存在に見えているし、金持ちの令嬢は怠惰に見えていた。
『敵』はかなりの実力者だが、そこらの一般人のように嫉妬深い偏見者なのさ……。
―――偏見に淀んだ目では、フリジアとビビアナの共鳴は見破れないだろう。
『カール・メアー』の巫女戦士が『狭間』を想う、それはあり得ないことだ。
『狭間』が『カール・メアー』の巫女戦士を想う、それもあり得ないことだ。
あり得ないことには、練達の戦士ほど戸惑いも大きくなる……。
―――『敵』の想定外の一致であり、共鳴だ。
二人は互いを守るために、自分の身さえも危険に晒して突撃している。
より速くより強く、より鋭くより多く。
斬撃の質が上がるんだよ、ヒトは自分のためより誰かのために戦う方が強い……。
「なんで、私と……競り合える!?フリジア・ノーベルごときが、『狭間』ごときが!?」
―――『敵』には見えないままだ、ビビアナがどれだけ嬉しかったのか。
フリジアが本気で捧げてくれた友情が、どんなに彼女に力を与えてくれているのか。
『狭間』という正体を隠しながら、ビビアナは暮らしていた。
本物の自分を出せない日々では、本物の友情の絆は手に入れられない……。
―――でもね、今は違うんだよ。
フリジアがいるし、ミアもいる。
フリジアなんて、『カール・メアー』という天敵みたいな存在だったのに。
誰よりもフリジアを受け入れて、命懸けで守ろうと強敵に挑んでくれた……。
―――嬉しいからこそ、熾烈を帯びるんだよ。
戦いというものは、喜びがなければ本当の強さを得られないからね。
正義と同じぐらい、自分が心から正しいと信じられるものがなければ弱いのさ。
今のビビアナには、フリジアと同じぐらいの確信がある……。
「勝って、守るんだから!!」
「勝って、守るぞッ!!」
―――『敵』の表情が歪む、想定外の抵抗の強さが作戦を狂わすからではない。
二人の一致が、二人の共鳴があまりにも不快に感じられてしまうんだ。
『敵』のなかにある価値観と、あまりにも異なるからね。
『敵』が理想だと信じ込んでいる世界には、こんな絆が存在してはならない……。
「ありえない、ことを!!するんじゃない!!フリジア、フリジアあああ!!『狭間』と混ざり、『カール・メアー』を、穢すんじゃないいいいいいッッッ!!!」
―――あらゆる考えを、正義と名付けることは許される。
本心から正しいという確信を抱けるのなら、それはそいつにとって正義なんだ。
だから、『敵』にとっての正義はそうだ。
『狭間』が悪であり生きていてはいけない存在、その世界観だけが正しいと……。
「私は、思うのだ。お山は、間違っていると!!」
「背教者が、ふざけるな……!!」
「全部が、間違っているとは思わない。でも、でも……『狭間』や、亜人種が、一緒に生きていてもいい世界の方が、私には正しく見えるんだ!!」
「おぞましい堕落を、口にするなああああああッッッ!!!」
―――友情もそうだけれど、正義もまた強さを与えた。
『敵』は正義とつながって、自分をどこまでも信じ込んでいるからね。
剣を振るう力が強まり、斬撃の速さも深まった。
二人の攻めさえも、押し戻し始めている……。
―――それでも、ビビアナは賢いからね。
戦闘のプロフェッショナルじゃなかったとしても、駆け引きの達人だ。
ジーの一族として、ヒトの本質を見抜いて『査定』する力もある。
戦いに集中して没頭しながらも、本質にまで刻み込んだ知恵は働くものだよ……。
「アンタなんかに、フリジアの何が分かるって言うのよ!!」
「『私なんか』、だと!?よ、よりにもよって『狭間』ごときが、軽んじるなあああ!!」
「あ、あまり挑発するなっ。こ、この『女』は、どーやら私の身内っぽい……ッ」
「『女』じゃ、ないでしょうが!!」
「は、はあ!?い、いや。どこから、どう見ても『女』…………」
「『女』らしく見えるように、演じているだけ!!『人買い』の目を、舐めんな!!」
「じゃ、じゃあ!?え、えと……お、おと……こ……!?」
「ヒステリックに叫ぶ、『女装男』だ!!つまり、尼僧だらけの『カール・メアー』じゃ、ないでしょう!?」
―――沈黙は、正しさを物語る。
沈黙は、怒りをも物語る。
正しい指摘はいつものように、深く深く心をえぐって突き刺さった。
間違っている部分もあったけれど、ジーの一族は確かに目利きだよ……。
「私は、『カール・メアー』の……一員だッッッ!!!」
―――悲痛な叫びで、真実の一端を『敵』は表明したよ。
確かに『敵』は、『カール・メアー』だった。
髪の色がブラウンに戻り、嫉妬深い目はより闇を濃くする。
フリジアの記憶が、揺さぶられた……。
―――あらゆる組織が、そうであるように。
あらゆる物が、そうであるように。
秘密は、全てにつきものだ。
教義に純粋な『カール・メアー』にも、例外的な秘密がある……。
「お前とは、あ、会ったことがあるぞっ!?」




