第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百四十
―――差別も構造だけど、世界を変える夢も構造だった。
ゆっくりと大きく、それらは交流と共有によって広がっていくものだよ。
ヒトには『ヒトっぽさ』があって、群れ成す人々が作る構造もそれに含まれる。
それはゆっくりとした流れで融け合いながら、大きくなっているんだ……。
―――打倒帝国の夢なんてものを、これだけ多くの若者たちが見れるなんてね。
半年前では考えられなかった変化が、ここにはあるのさ。
これは勝利が作ったものだけれど、それだけでもない。
もっと単純で、それでいて複雑な成り立ちでもある……。
―――共鳴し合う価値観があって、人種の壁を越えて協力し合った実績がある。
『ストラウス商会』の輸送力もあって、亜人種国家も昔みたいに多くの国と商いを始めた。
帝国から離脱して、『自由同盟』に参加した元・帝国兵もいる。
アリーチェを見た人々の心にも、それだけで変化があったしね……。
―――ありとあらゆるものが、一つずつ融け合っている。
一つずつでは大きな力は持てなかったけれど、お互いが融け合うとハナシは違う。
互いが補い合って助け合うように、強さを高めているのさ。
世の中は複雑だから、そこで作られる革命の構造も複雑で多面的なんだよ……。
―――世界を変えるための力は、育ちつつある。
大きな革命の夢が、共鳴して融け合い始めていた。
ボクたちにとっては、大きな希望がそこにある。
そして、それを嫌う『敵』は脅威を覚えていたのさ……。
「……おぞましい『夢』だ。魔物と『狭間』が、多くの者の心を変えてしまうなんて」
―――『そいつ』は、『ルファード』にいた。
アリーチェの与えた影響を嫌う、ボクたちの『敵』がね。
深くかぶった帽子の下から、鋭さに光る眼を動かした。
観察している、この街に集まった若者たちを……。
―――種族を問わず、多くの若者が肩を並べている。
新たな戦いと自分の活躍に期待しながら、不安も覚えつつも。
あきらかな一体感を、若者たちは作っていた。
『敵』にとっては腹立たしくて、許しがたい『汚染』だと映る……。
―――正義と正義は、いつだって食い違うものだ。
ボクたちの正義の敵は、悪なんかじゃない。
ボクたちとは異なる正義で、『敵』は自身の正義に準じている。
種族を越えて人々が融け合う光景は、『敵』にとっては冒涜だった……。
「あの忌々しい、悪夢が……人々を、汚染した」
―――赤い竜に乗って『エルトジャネハ』を倒したアリーチェを、『敵』も見た。
『敵』も、『プレイレス』にいたということさ。
奪還軍が勝利したそのとき、レヴェータと古き悪心を倒したとき。
『敵』は何かを期待してその土地にいて、アリーチェを見せられた……。
「許さない。許さない。魔女め。小さな、害悪め」
―――異なる正義は、牙を剥く。
『ルファード』の南の城塞に集まった、人種を越えて並ぶ若者たちに。
『敵』は背後から襲い掛かり、達人の剣技を振るう。
苛烈な二刀流が、銀色の軌跡と死を作った……。
「ひぎい!?な、なにを……」
「だ、誰だ……てめえ……ッ」
「た、助け。助け……う、ぐうう」
「ふ、ふざけんじゃね―――」
「―――ふざけているのは、お前たちだ。間違いを、大きくしている。過ちを増やせば、世界はより歪んでしまうのだ。本当の、本当に、正しい世界のために……この間違いは、すみやかに正さねばならない」
―――たったの十数秒の出来事で、帽子をかぶった二刀流の『敵』は若者たちを殺した。
ボクたちの夢の体現を、この『敵』は殺してしまったんだ。
とても悲しくとても痛ましく、怒りと憎しみで応じたい『敵』だよ。
でも、ボクたちはまだ気づいてはいなかった……。
―――この一瞬の殺人にも、この『敵』の本当の狙いにも。
二刀の剣を闇に振り、血を払う。
鍛錬の通った動きを用いて、鞘へと納めた。
鋭い正義に燃える双眸が、街並みをさ迷う……。
「殺してやるぞ。殺してやるんだ。ちょうどいいよ。これは、そうだ……運命だからな。大きな運命は、いつだって選択しない。当たり前の筋道を辿り、絶対的な正義を成し遂げる。脳裏に絡みつく忌々しい赤い竜も、あの『狭間』も……消し去ってやるさ」
―――強い正義に歪んだ社会の構造の一端が、ここにいる。
おぞましいまでの純粋な正義は、いつだって狂気そのものだ。
この『敵』は歩き始めた、しっかりと警備が固められている屋敷に。
警備を突破する自信があるらしい、そうでなければ迷いの無い歩きはしない……。
「殺してやるぞ。殺してやる。修正するんだ。間違った教えを、正す……リヒトホーフェンが、そのための実験を果たしてくれた。あとは、あとは……我々が、それを受け継ぎ……完成させる。人々の心にいるべき神は、一つでいい」
―――そう、この『敵』が向かったのはジーの一族の屋敷だ。
狙いは一つだけじゃない、欲張りというよりも熱心なのだ。
自分の正義を疑うことはなく、正義を成り立たせるために無限の努力をする。
恐ろしく歪んだ、ボクたちとは別の正義の執行者だ……。
「罰を与える。罰を与えて、奪い取る。全ては、正しい『未来』のために。ヒトは、混ざり合うべきじゃないんだ」




