第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百三十六
―――命を狙われていたからだろうね、トーリー・タイズンは興奮状態だった。
昂った神経が選び取る言葉は、どうにも感情的で本能に突き刺さるものだよ。
商いに長けたメダルド・ジーにとっても、それは例外じゃない。
彼は優秀な取引の達人だったけれど、命のやり取りの専門家じゃないんだ……。
「いいかい、メダルド。私は旧友である君を信じられる。だが、残念ながら、誰もが私と同じ気持ちにはなれないだろう。とくに、帝国の部隊が近づきつつある今では、過度に感情的になっているだろうし、猜疑心だって、異常なまでに膨らんでいるんだ」
「……どうしろと言いたいんだ?……いや、言わなくても、いい。『ルファード軍』の中心に、いないようにすべきだな……」
「そうだとも。残念だが、それしかない。『ルファード軍』という名称も、考えた方がいい」
「……便宜上だ。どんな名前で呼んだとしても、問題はない……『オルテガ』防衛軍とでも、名付けるか?」
「私たち『オルテガ』の市民とすれば、嬉しくもあるが……」
「……名前など、どうだっていい。名誉が欲しいわけじゃない。政治屋になりたいわけでもないんだ。肝心なのは、生き延びる。それだけだ。大切な家族を守り、日々の暮らしを守る……たとえ、今までと同じようにはいかなかったとしても……」
「それは、そうだが…………」
「……良い呼び名のアイデアを、持っているか?」
「い、いや。アイデアはないよ。私も、政治屋じゃない……ただの商人なんだから」
「……『オルテガ』の市民に、君からも説得をしてもらえないだろうか」
「君の潔白を、かい?」
「……そうだ。『カール・メアー』との関係はない。帝国とのつながりは、望まない形であるにはあった。だが、それは商人として、情勢に対応しただけの結果に過ぎん」
「分かるよ。私たちも、そうだ。帝国と取引をしていない商人は、帝国から排除された亜人種商人たちだけ……」
「……『カール・メアー』との関わりは、ない。帝国軍に情報を売り渡すようなこともしない。欲しいのは、勝利だけだ。『オルテガ』を守り抜いて……『ルファード』も守る。それだけが望みで……う、ぐっ!?」
「ど、どうした!?」
「……はあ、はあ。何でも、ない。疲労だろう。毒を盛られているし、『寄生虫』も、盛られたんだ……帝国と、親密な関係だったら……こんな目に遭わされるものか……ッ」
―――肉体的にも精神的にも、メダルド・ジーは疲れている。
ここに来て、一族の罪科を突きつけられたのも大きい。
彼は商人よりも聖人に近しい心理状態になっていたからね、利他的だった。
戦いに命を捧げるつもりでもいたが、自分のせいで結束が損なわれるかもしれない……。
―――その事実からは、逃げられはしない。
『人買い』ジーの一族の血は、彼の身を流れているのだから。
亜人種たちから疑われる可能性を、否定するなんて不可能なんだよ。
どんなに罪滅ぼしをしても、誰もが許しを与えてくれるわけじゃない……。
「……忌々しく、みっともなく、生き意地の汚い心臓め。とっとと血を吐いて、死んでいれば良かったか……ッ」
「お、おいおい。メダルド。誰も、そんなに責めてはいないだろう」
「……ビビに、多くを遺したいだけだ。あの子は、あの子は……悪くない。ただの女の子だ。あの子に未来を、与えてやりたいだけなんだ。他は、どうだって……」
「メダルド、君は……」
―――近づく死の影が、教えてくれたことがある。
メダルド・ジーという男にとって、本当に大切な者は一人だけ。
多くを失って来た男には、ビビアナしか見えていない。
どんな取引だってするだろう、『娘』のためならね……。
「す、少し、休むといい。さあ、この椅子に座るといいよ。ちょっと、疲れ過ぎている」
「……すまない、ありがとう……」
「礼を言われるまでもないさ。私も、家族と一緒に生き残りたいだけだ……」
「……一緒に、か」
「メダルド、自暴自棄にはならないでくれ。君を、その……非難したり、追い詰めたかったり……そういうつもりじゃないんだ。ただ、ただ……」
―――『オルテガ』の自治や、政治的なアドバンテージを得るためだった。
メダルド・ジーの『野心の無さ』を、知らなかったから。
今のトーリー・タイズンは、心配してはいない。
目の前にいるのは、政治的な野心家とは何よりも遠いただの『父親』の姿だ……。
―――間違いを犯してしまったのさ、トーリー・タイズンはね。
メダルドを追い詰める必要は、なかったんだ。
それでも運命というものは、止まることを知らない。
選択の余地さえもないのに、動き始めれば加速してしまう……。
「……ギムリや、いや、ルチア……若い亜人種のリーダーに、『ルファード軍』の代表になってもらえれば、私の代役として機能するだろうか……」
「そ、それは、どうだろうか……亜人種に対しては、我々も……『オルテガ』の商人たちも少しばかり、抵抗があるのは事実で……」
「……それは、そうだろうな。差別意識は、あるんだ……困った。困ったなあ……ビビは、長く苦労する……あの子の血は、ジーの一族の贖罪なのに……」
「だ、大丈夫さ。彼女は、聡明だし、美しい。きっと、良い人生を歩めるはずだよ」
「……『狭間』であっても、それは約束されているかな?」
「そ、それは…………」
「……ありがたい。その沈黙は、とても客観的な教訓を、与えてくれる」
「やれることは、やるよ。私に出来る範囲の、あらゆる行いを……だが、それでも……」
「……いいさ。みなまで言わなくてもいい」
「メダルド……その、私は……」
「……生産的な行いをしよう。未来を、心配している場合でもない。今は、現状の問題を解決しなくてはならない。リヒトホーフェンと、『カール・メアー』が関わりを持っていたとすれば……起こりえるリスクがある」
「それは、何だい?」
「……一つは、ビビの……安全だ」
「彼女には、護衛がたくさんついているだろう?」
「……ついている。ついているし、フリジア・ノーベルは、信頼していい人物だ。しかし、フリジアから情報が漏洩するかもしれないし、彼女に連絡をしようと、帝国側の誰かが接触するかもしれない……ビビは、ビビは……う、うう……ッ」
「だ、大丈夫か。せき込み過ぎだよ、き、君は、休んだ方がいい……」
「……いいや。休んでいる場合じゃない。フリジア・ノーベルに、監視をつけないと……ビビを、ビビだけは、守らないと……ッ」




