第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百三十五
―――戦場はいつだって極端で、単純なまでに集約するものだ。
ボクたちは痛みや怒りに憑りつかれ、分かりやすくて利用されやすい力学に囚われる。
この戦いを『誰』が主導しているのか、大きな力の流れを作っているのはソルジェだ。
でも、その力を敵が利用していないとは限らない……。
「ああ、来てくれたね」
「……もちろんだ、友よ。こちらが仕事を頼んだのだから」
「メダルド・ジー。私は『調整役』を見つけ出したよ。その『調整役』に、襲撃されもしたんだ」
「……それは、大変だったな。だが、無事だったようで何よりだ」
「私よりも、家族が心配だよ」
「……分かるとも。痛いほどに。大丈夫だ。十分な護衛を、つけている」
「ありがとう。その言葉が、どれだけ私を安心させるか……」
「……ああ。ビビに危険が迫っていると想像したら、血を吐きそうになる。毒に蝕まれた心臓が痛んで、悲鳴を上げるよ」
「姪っ子さんだね。君にとっては、最後の家族……」
「……そうだ。自分の命よりも、大切なんだよ。ビビを守るために、勝利を確実なものにしなくてはならない。教えてくれるかな、『調整役』について……」
「君も知っている男だ。クリア・カニンガム」
「……ああ……なるほど、ありえる」
「仕事をしたことはあるかな、カニンガムと?」
「……プライベートで、ヤツの店に出かけて料理を食べた。それだけだな。うちの接待は、『ルファード』で行う」
「『ルファード』の名士らしいね。地元の料理を、君は愛している」
「……ああ。それに、カニンガムは、自分の店で仕事をしたがるから呼べなかった。ヤツと、つるんでいれば……リヒトホーフェンとのつながりを見抜けだろうが……」
「だろうね。『人買い』ジーの一族である君が、カニンガムとリヒトホーフェンのつながりを見抜けなかったのは、カニンガムとの距離感ゆえのことだ……」
「……知っていれば、対策も取れた。ヤツは、まだ生きて……厄介事をこの土地に振りまいているのか?」
「ああ。『リヒトホーフェンの調整役』としての仕事は、もう辞めたらしい」
「……マフィアの真似事をするようなクズだ。忠誠心など、誰にも持てはしない。利益にたかる虫けらに過ぎん……沈む船であるリヒトホーフェンから離れ、今は……『誰』から金をもらっている?」
―――トーリー・タイズンは、交渉術を使う。
伝えるべき情報たちと、その順番を選ぶことで印象操作を試みたのさ。
メダルド・ジーにはアキレス腱がある、『人買い』ジーの一族という血筋だよ。
タイズンはこの男の力を高く評価しているが、交渉術で勝てない相手とは思わない……。
「『彼女』たちが、どれほどカニンガムを支配しているかは分からないが……」
「……『彼女』たち、だと?」
「『カール・メアー』だよ。『血狩り』を各地で行い、西の巨人族や、南のエルフたちを、あちこちで女神の『慈悲』の名において処刑している、あの恐ろしい狂信者たちだ」
「……『カール・メアー』……が、カニンガムと組んでいる?……どういうことだ?」
「私だって、詳しい内情までは知らない。だが、リヒトホーフェンは『カール・メアー』を接待していた……食材が、その事実を物語っている。動かぬ証拠が、あるんだ」
「……敵同士のはずだ。リヒトホーフェンは、彼女たちからすれば邪悪な異教徒に過ぎん。うちに来ている……あの子も、フリジアも、リヒトホーフェンを警戒していたんだぞ?」
「『カール・メアー』の尼僧を、君は匿っているのか?」
「……匿っているというか、彼女自身の意志で、護衛をしてくれている。ビビを、任せられるほどに……真っ直ぐな心の乙女だが」
「本当かい?それは、真実なのかい?」
―――商売人は悪魔のように、取引相手の心に揺さぶりをかけてくるものさ。
メダルドがビビアナ・ジーを大切に思っているならば、狙うべき弱点でもある。
トーリー・タイズンは、目の前にいる男を陥れたいのだからね。
故郷である『オルテガ』の自治を、確実に守り抜くために……。
―――戦いと毒に疲弊した心臓が、メダルドの胸のなかでおかしな鼓動を打った。
『人買い』としてヒトの本質を見抜く目を持っていて、その目は教えている。
フリジア・ノーベルが、『カール・メアー』の狂信者の一員だとしても。
彼女が自分の意志で、ビビアナを危険に晒すはずがない……。
「……あの子は、ビビを守るよ。たとえ、『カール・メアー』であっても」
「だとすれば、それはそれで問題が発生するぞ」
「……問題、だと?」
「君は、よりにもよって……『カール・メアー』の一員に、自分の姪っ子を護衛させているんだからね。言ったように、『カール・メアー』は……『ルファード軍』を構成する亜人種の戦士たちの家族を、殺しているんだ。君が、帝国に売り払った亜人種奴隷を、『カール・メアー』が殺戮しているんだぞ。その証拠も、帳簿には記載されていた!」
―――商売には、嘘がつきものだった。
平等な交渉など、この世には存在はしない。
誰もが幸運と不運に左右され、今このときはタイズンに良い流れがあった。
『人買い』ジーの一族の罪を責めれば、『勝機』はある……。
「……奴隷にして、亜人種たちを売り払った。それは、たしかに……オレの罪だ。償い切れない罪だ……」
「『誤解される』だろう。元々、君に対する亜人種たちの評価は、良いハズがないのだからね」
「……当然だ。オレは……」
「『ルファード軍』の代表者だ。ストラウス卿が指揮官かもしれないが、君は、『ルファード軍』の政治的な中心に他ならない。それなのに……『カール・メアー』とつながりがあるなんて……私でさえ、もしも君をよく知らなければ……疑っただろう」
「……何が、言いたい。トーリー・タイズンよ?」
「君は、血にまみれ過ぎているということさ。帝国に対して、亜人種奴隷を売り過ぎている。いいか?『ルファード軍』には、君に親族を奴隷にされたエルフと巨人族が参加しているんだ。彼らは、君を信じたくても信じられない。表面では従っても、本心では憎んでいる」
「……そう、だろうな。信頼を得られる立場とは、思ってなどいない」
「これは大きなリスクだよ。『カール・メアー』が、リヒトホーフェンと密かにつながっていたかもしれない。それが、表に出れば……『ルファード軍』の結束は乱れる。エルフたちと巨人族たちは、君への憎しみを強めるだろう!!」
「……ジーの一族が、売り払った奴隷たちを、『カール・メアー』が殺したから……」
「そうだ。それだけじゃない。『ルファード軍』に合流する、『オルテガ』の市民たちも君を疑う」
「……リヒトホーフェンと、『ジーの一族』は組んでなどいない」
「だが、『疑える』。『カール・メアー』との結託さえもね。それが、真実なんだ!!」




