第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百三十二
―――肉屋のブッチは、レイチェルから視線を逸らす。
商売の世界に生きているからだろうね、本能的に悟っていた。
レイチェルの瞳は嘘を見抜き、ジャンの方が説得しやすい相手だということを。
それに『隊長』であるジャンにこそ、自分を売り込みたい……。
「隊長さんよ、提供できる情報をオレは持っているんだ」
「そ、それって。もしかしなくても、ちょ、『調整役』について……ですね?」
「ああ。トーリー・タイズンに、アンタが探させていた相手だよ。そいつの名前は、クリア・カニンガム……さっきの暗殺者を送り込んだ男だ」
「く、クリア・カニンガム。そいつが、リヒトホーフェンの依頼で、あちこち動き回っていた……ど、どんな人物なんですか?」
「表の顔は、『料理人』だよ。ここらでは、かなり有名な料理人さ」
「りょ、料理人?……い、意外です」
「ゲストたちを料理で『おもてなし』していたのでしょう。高級かつ、特別な料理で」
「な、なるほど。料理人も、貴族の接待には必要ですよね……っ」
「良い芸術家や良い料理人は、多くのヒトを楽しませる力がありますから。クリア・カニンガム氏については、『裏の顔』もあるようですが」
「お、『表の顔が料理人』なら、『裏の顔』は……?」
「一種のマフィアだよ。手下には、さっきの女みたいな暗殺者もいるようだ。クリア・カニンガムに食材を回していたオレの同業者たちは、口封じに殺されたらしい」
「ざ、残酷なヤツですね」
「マフィアだからな。商売敵を殺して、バラバラに刻んで海に捨てることもあった。今夜は、あの女に『確認』をさせていたらしい。オレたちみたいな……カニンガムについて知っている者がストラウス卿に情報を渡さないようにしたかったんだろう」
「……ずいぶんと神経質なマフィアですね。リヒトホーフェンと組んでいた事実を隠蔽するために、あんな手練れたちを放つなんて」
「つ、つまり。カニンガムとのつながりが深くて……ぼ、ボクたちが知れば、カニンガムを必ず追いかけたくなるような人物という自覚が、あ、あるんですね」
「そうらしいぜ、隊長さん。オレが提供する情報には……カニンガムの居場所も、含まれている」
「お、教えてください。ブッチさん」
―――ブッチは、演技を始めた。
商人の欲深さが顔に浮かび上がらないように、顔の筋肉に力を込める。
レイチェルには顔を見られたくないのか、また一歩ジャンに近づいた。
ビジネス用のスマイルを仮面のように貼り付けて、ビジネスは始まる……。
「もちろん、教えますとも、ジャン・レッドウッド隊長さん!オレは、ストラウス卿の絶対的な信奉者なんですからな!」
「そ、そうなんですね。ボクも、団長を信じています」
「でしょうとも!彼こそ、真の英雄であり、真の解放者だ!……亜人種たちに、自由を与えようとしている!」
「は、はい。団長は……本当に、すごい英雄なんです」
「疑いの余地はない!『オルテガ』で、亜人種が虐げられる日々は、もう終わった!」
「て、帝国は追い払いましたからね……で、でも。リヒトホーフェンが、この土地に残した厄介な人脈は、ま、まだ動いてるみたいで……」
「クリア・カニンガムですな!ご心配には及びません!ヤツは……そうそう、この地図を見て下さい。ここです、ここ。東にある宿付きのレストランがあるのですが……オレの、予想……ではなく!『調査』によれば、ここに立てこもっているはずです!」
「れ、レストランに……?」
「食材をムダにするような『料理人』じゃないんですよ、ヤツは。人命よりも、食材を優先するような頭のおかしい男です」
「さ、さっきの女性も……ヒトを、食べる……って、言っていましたね」
「カニンガムに、食人の趣味まであるかは、オレ知りません。だが、あったとしてもおかしくはないという認識になりましたぜ」
「ひ、ヒトを食べるなんて……正気じゃ、やれませんよ」
「そう!カニンガムは、まさに正気じゃない。狂人だ。だが……個性的な天才料理人じゃあるんです」
「な、何が言いたいんですか?」
「カニンガムは、『あきらめたりしない』んですよ。執拗で神経質な暗殺者の派遣も、自分が再起するためでしょう」
「さ、再起?……カニンガムは、リヒトホーフェンを失ったのに……」
「ヤツは、我々からの追跡をかわせば、どうにかなると踏んでいるのでしょう。身を隠しながら、帝国軍と取引するつもりなのではないでしょうかね。ヤツが購入したであろう『食材』の傾向からは、それが見え透いているのです」
「……リヒトホーフェンは、『プレイレス』から撤退してくる帝国兵を取り込みたかったでしょうから。そのための用意を、カニンガムにさせていたのですね?」
「ええ。その通りだと思いますぜ、『人魚』の姐さん!ストラウス卿から隠れたがっているところを見ると、カニンガムの取引相手は……」
「て、帝国軍ですね」
「そうですとも!!きっと、あの忌々しい悪人は、『オルテガ』についての情報も売り渡すにちがいありません!!」




