第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百三十一
「……ふむ。興味深い」
『り、リヒトホーフェンたちと、違っていますね。死体が……そ、そのままです』
「『寄生虫』が違うのでしょう。この女は、セザル・メロの名を口にしました。凄腕の暗殺者にしては、うかつ過ぎますから……嘘でしょうね」
『ぼ、ボクたちを、騙そうとしていた?』
「素直に情報を教えてくれる理由なんて、どこにもなかったはずです」
『た、戦いの最中でも、そういう計算を、していたんですね。こ、この暗殺者は』
「知的な職業人でもありました。ですが、我々にも経験という武器がある。この『寄生虫』は、リヒトホーフェンたちが使っていたものではない」
『だ、だとすれば……?ど、何処から?』
「答えは、貴方も知っている」
『……え、えーと……っ。そ、その。す、推理は苦手で……っ』
「考えるまでもありませんよ。とくに今夜の貴方は、感じるだけで事足りるはずです」
『か、感じる……そ、そう……ですね……』
―――ジャンは考え込まずに、目の前の死体をじっと見つめる。
ボクたち猟兵と、『寄生虫』の出会いはこの土地が初めてではない。
『ゴルゴホの蟲』を使っている者たちとは、前々からの因縁がある。
そうだ、この女暗殺者に提供された『寄生虫』の出どころは……。
『て、『帝国軍のスパイ』……なのでしょうか?』
「ええ。『寄生虫』をプレゼントしてくれる組織は、そう多くはいません」
『じゃ、じゃあ。この人は、『帝国軍のスパイ』の一員……?』
「ふむ、おそらく違うと思います」
―――レイチェルはくるりと回転し、死体に背を向けた。
その瞬間に、死体がビクンと跳ねる。
でも、それでおしまいだ。
跳ねただけで一歩も動けず、次の瞬間にはジャンの頭突きで壁に叩きつけられる……。
「表面近くの『寄生虫』は死亡していましたが、体の奥にいた『寄生虫』は生きていたみたいですね」
『……は、はい。そいつも、今の衝撃で……吹き飛ばせました……似てますね。て、『帝国軍のスパイ』も、こういう『死んだ真似』が得意でした』
「彼らから提供された、そう考えた方がいい……」
『じょ、情報が、欲しいところですよね。ほ、他の暗殺者たちは、ボクが……こ、殺しちゃったんですが……か、彼らには、『寄生虫』は……いなかったみたいですし』
「隠遁のための薬だけを使っていた。それも、おそらくは……」
『て、『帝国軍のスパイ』から、受け取っていたもの……?』
「情報収集をしなければなりませんね。まだ仕事は終わりじゃありませんよ」
『は、はいっ!!そ、それで……それじゃあ……そ、そこの人っ!!』
―――ジャンは部屋の入口に見て、こちらを伺っていたブッチを呼んだ。
ブッチは他の二人よりも度胸が据わっていたらしく、ここに舞い戻っていたのさ。
度胸と言うよりも、商魂がたくましいだけかもしれないけれどね。
ソルジェの部下に、『有能な肉屋のブッチ』を売り込みたくてしょうがないんだよ……。
―――『巨狼』に化けたジャンに見られても、物怖じすることはない。
とっくの昔に覚悟を決めた表情で、ゆっくりとこの場にやって来る。
視線は、今度こそ完全に死んだ女暗殺者を見ていた。
異形の死骸にため息を吐いて、首を振る……。
「あんなバケモノになっちまうとはな。どうなっていやがるんだか。とんでもねえ夜だ。オレもそれなりに長く生きてきたが、こんな夜は初めてだし……おそらく二度と、ありはしねえだろう」
「多忙な夜ですね。貴方の……お名前は?私は、猟兵のレイチェル・ミルラ。こちらは、ジャン・レッドウッド」
「ああ、ご丁寧にどうも―――」
『―――じゃ、ジャン・レッドウッドです。よ、よろしくお願いいたします。一応、こ、ここの責任者、を、つ、務めさせていただいてますっ』
「オレは、ブッチ。肉屋のブッチだ。覚えておいてくれ」
『も、もちろん。忘れません。肉屋のブッチさん、ですねっ!!記憶しました!!』
「……へへへ。低姿勢にならなくても、いいんだぜ。隊長さんだろ、アンタ?」
『は、はいっ。そ、その……あ。こんな姿で、し、失礼しました……っ』
―――ぽひゅん!といういつもの音を立てて、ジャンはヒトの姿に戻る。
肉屋のブッチは驚いた、『巨狼』がジャンの真の姿だと信じていたらしい。
竜が仲間にいるぐらいだからね、『パンジャール猟兵団』は。
大きな狼が仲間にしたとしても、ブッチからすればむしろ自然だったのかも……。
「ど、どうも。あらためまして、よ、よろしくお願いいたします。ジャン・レッドウッドですっ。に、肉屋のブッチさん……じょ、情報を、提供してくれる……んですよねっ?」
「ああ。その通りさ。オレは、トーリー・タイズンよりも、アンタたちに協力的なんだよ。何でか、分かるかい?」
「巨人族だからでしょう。ミスター・ブッチ」
「そういうことだよ。アンタは……人間族じゃ、ないんだよな?」
「そうです。人間族にも似ていますが……私は、『人魚』です。亜人種ですね」
「なるほどね。『人魚』……『人魚』。伝説の種族だが……出会えるとはな」
「貴方にとって、一生に一度しかない衝撃的な夜ということでしょう」
「ははは。違いねえ。たぶん、『人魚』に出会う夜は、もう二度とないだろう。というか、こんな物騒な夜は……もう二度と御免だ。ああ、美人の『人魚』さんには、いくら出会ってもいいんだけれどよ」




