第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百二十七
―――同類なのよ、その言葉はジャンの心に響いてしまう。
物事には、いくつもの考え方で挑めるものだけれど。
人肉を口にしたことがある点で、両者は確かに一致している。
それは一般的に、とてつもなく大きな罪悪だとされている行いだ……。
「興味があるから訊いておくわね。教えてくれると助かる」
『……なんで、しょうか?』
「彼らは、美味しかったかしら?」
『……美味しくなんて、感じたりしません。戦いのために、牙を、使っただけです』
「つまらないわね。そんなに大きくて立派な『狼』の口を持っているというのに?」
「ジャンは貴方とは異なります。仲間の肉の味に、興味があるなどと……狂気が過ぎますよ」
「美味しいものは、しょうがないでしょう。私は、自分に対して素直なの。『狼』。お前は、素直じゃないのね」
『……敵にも、敬意を払います。猟兵が……いいえ、戦士は、そうあるべきです。職業倫理を、保てない者は……災いを招く』
―――レイチェルはジャンの怒りに気づいている、口調からよどみが消えたからだ。
先ほど地下で与えられたアドバイスを、実行しているのさ。
自分の過去に対して、今夜のジャンは怯えない。
『大魔王ソルジェ・ストラウス』の『騎士』として、取るべき態度を選ぶ……。
「暗殺者は、そもそも世の中に対しての災いよ。戦士も、同じでしょう。殺すだけ。殺して、奪う。それこそが戦いの意本質でしょうに」
『はい。ボクたちは、そもそも罪深いんです。だからこそ、狂気に負けてはいけない』
「キレイごとね、吐き気がするわ」
「理想を失えば、あるのは堕落ということです。プロフェッショナルを気取るのであれば、正気であるべきですよ」
「仕事には、趣味も持ち込むべきね。命懸けで挑む仕事なら、とくに。それでこそ、技と自分がより一つに融け合えるもの」
『……ボクは、誰かを食べることに、喜びは覚えません。たとえ……そんな衝動が起きたとしても……絶対に』
「やっぱり、衝動があるのね。癖になるものね、ヒトの血と肉は。お前以外の、『呪われた血』を持つ連中も、そうだもの」
『……そういう方が、仲間にいるんですか?』
―――今夜のジャンは冷静だ、葛藤を強いられる言葉を浴びても動じない。
情報を聞き出そうと集中しているのさ、戦いはコミュニケーションだからね。
『調整役』について、多くを知りたがっている。
それ以外にも、『呪われた血』についての興味もあっただろうけれど……。
「知りたがっているじゃない。その『獣』じみた衝動を、必死になって否定したがっているのね」
『……それは、認めます』
「自分の衝動に対して、そこまで抑え込むだなんて……たくさん食べてきた私には、分かる。肉体には、本質が宿るものよ。お前は……肉を喰らうのに、あまりにも適している。大きな、大きな、いい口をしてる」
「羨ましそうな視線で、うちのジャンを見つめないでくれませんか」
―――女暗殺者は欲しがっていた、『巨狼』の口たちを。
『獣』の姿に化けられる者たちが、ずるいと感じてしまう。
嫉妬の視線が、ジャンの口を舐め回すように這い回った。
心理的にも強さが増している今のジャンでさえ、おぞましさに身震いする……。
「……お前たちが、本当に羨ましい。その口があれば、その牙があれば。ああ、どんなに。どんなに、美味しく食べられただろう」
「く、狂ってやがるぜ」
「ど、どういう神経をしているのかなっ。あ、あれだけ血が流れているのに……っ」
「あのお姉さん、笑ってるよ……っ。怖い……っ」
「私が知っている『獣』は、もう迷ったりはしていない。しっかりと、食べているわ。お前も、そうなればいい。そうなれば、もっと、もっと!……美味しいわよ」
『いいえ。そうは、なりません。罪は、繰り返してはいけない。そうじゃないと、ボクの罪が……価値を持てなくなる。ボクが、喰い殺してしまった皆の死が、意味を失うんだ』
「つまらない。つまわないわ。そんなに、良い口をしているのに……」
『ボクは、食べるために牙を使いません。戦うために、使うんです』
「……ああ。そう。それなら。私を、食べてみるといい」
『……何を、言い出すんです』
「戦いの最中、敵にしか噛みつけないのなら。私を食べてみなさいな」
「死にたければ、私がとどめを刺してあげますよ」
「……呪いがかかった鋼も、興味深いけれど。それよりも、その口の方が、私にとっては魅力的だわ」
「弱者は、死に方さえも選べないものです」
「戦士なら、死に瀕する者へ、慈悲深い一撃を与えるのも職業倫理とやらに含まれるでしょう?……それに、瀕死の女の願いを、叶えてやるのは、とても人道的でしょう」
「ジャン。無視してください」
―――女暗殺者の洞察力は、ジャンの心を見抜いている。
戦士として気高くありたいという願望も、女性へのやさしさもね。
爆発から身を挺してレイチェルを守ったことは、多くを物語る。
とても紳士的な行いで、それは戦いの場ではつけ込むべき隙にもなった……。
―――女暗殺者の出血は、まだ止まらない。
情報を吐かせてやりたいものの、プロフェッショナルが口を割るとは限らない。
駆け引きの上で、この女暗殺者はなかなかの達人だった。
ジャンの心は、彼女に誘導されつつある……。
「お前の腹のなかから、教えてやるわ。私の血が、私の肉が。お前が、どんな生き物であるべきなのかを、思い出させてあげる」




