第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百十六
―――本物の芸術家なら、確信を込めた仕事をするものだから。
作り物でしかないはずの作品に、真実だって与えられる。
中海南東地域の芸術は、現実にはありえない美を求めた。
写実的ではないけれど、これもまた芸術が目指すべき一つの道ではある……。
「現実だけを見つめ続けるのも、疲れてしまいますからね。幻想的なまでの美は、人に安らぎを与えてくれるものです」
「は、はい。それは、何となく分かります。ぼ、ボクも、小説とか読むの好きですから。現実とは、ち、違うものですけれど……でも、ワクワクしたり、ドキドキしたり、と、とても癒されるんです」
「そういう芸術も、世の中には要りますから。現実を越えた理想に触れることで、心を癒してくれる……」
「は、はい。こ、この石像たちも、そういう芸術でも……あるんですよね?」
「ええ。プロパガンダとして政治的な利用もされてはいましたが、芸術家たちが込めた真実は、現実を越えた美への追求だった。現実が見せられない美を、理想を創り上げたのです」
「げ、芸術家さんたちって、す、すごいですね!こ、この世に無いものまで、創り上げちゃうんですから!」
「そうですね。芸術家たちが持つ想像や空想の力、知識や意志……そういった精神的な力は、とても魅力的で驚くべきものです」
「ぼ、ボクは……え、絵とかも、下手くそですし、が、楽器とかも弾けません。だから、ちょ、ちょっと、憧れちゃうっていうか……っ」
「書いてみればいいですし、弾いてみればいいのです」
「そ、それはっ。そ、その、あの……っ」
「恥ずかしがる必要はありませんよ。芸術とは、遊びでもあるのですから」
「そ、そうなんですか?」
「子供は、物語をちゃんと信じるでしょう?お化けを真剣に怖がるし、木の棒だって、偉大な騎士の剣になる。はたから見れば遊びですが、当人にとっては真実そのもの。芸術に必要なのは、あの夢中さと、確信なのです」
「む、難しいです……っ」
「ええ。難しいコトを、語っていますので。でも、創作を動かす力は、間違いなく遊び心。この石像を刻んだ者たちも、完全無欠な最高の美男美女を創り上げてやろうと夢中になっていたに違いありません」
「そ、それは、何となく分かるかもしれませんっ。そ、そうじゃないと……こんなに美しい作品って、出来ないような気がします……っ」
「ええ、その通り。ジャン、貴方もいつか絵や歌声を誰かに披露してみなさい。恥ずかしがらずに、子供のように楽しみながら」
「む、難しいかもしれません。で、でも、こ、後学のために、チャレンジして……み、みようと思いますっ!」
「良い返事です。披露する前にレッスンして欲しければ、いくらでも私がしてあげますからね。何でも聞いてください」
「……っ!!」
―――ジャンはコクコクとうなずいて、レイチェルは満足げに微笑んだ。
芸術を生み出すための大きな力には、交流というものもある。
誰かと交流するだけで、芸術の種が撒かれるものさ。
いつかジャンは、人前で恥ずかしがらずに歌うだろう……。
―――レイチェルの授業は続き、二人は地下に集められた石像たちの間を歩いた。
年代や形式が異なる過去の芸術家たちの作品たちは、当然ながら沈黙していたけれど。
レイチェルにかかれば、どの作品がいつの時代に作られて。
どんな理想や真実を込められたのかが、いともたやすく見破られていく……。
「この幾何学模様が流行った時代には、獣頭の神たちに対する信仰の放棄が中海で盛んだったのです。獣の姿を彫刻することを禁じたため、その代わりとなる美しさを求めた。そのため、幾何学模様が選ばれたのですよ」
「な、なるほど。中海では、え、『エルトジャネハ』たちが禁じられていましたし……っ」
「歴史はつながっています。芸術にも、根深く。この石像が作られた時代を、修飾された模様の種類からでも見当づけられるというわけです」
「べ、勉強になりますっ」
―――リヒトホーフェンは、『オルテガ』の地下から発掘された石像たちを集めていた。
その理由も、レイチェルには見当がついている。
ジャンにヒントを与えるように、伸ばした人差し指を石像の豊かな胸元に当てた。
顔を赤くしながらも、四秒後にはヒントに気づいたよ……。
「……そ、それって!?も、もしかして……ぎ、『ギルガレア』の紋章っ!?」
「獣と蟲の混じった顔が、ここに刻まれていますね。全ての石像にあったわけではありませんが……半分以上の石像に、この紋章が刻まれていました」
「そ、そうだったんですねっ。ぜ、全然、気づけなかったです……っ」
「しかたありません。暗闇に置かれたとき、松明の灯りを浴びれば……このように影へ隠れるようにデザインされていますので。つまり……」
「つ、つまり……っ。か、隠しているんですねっ。め、目立たないように……っ」
「その通りです。この石像たちは、『オルテガ』で隠すように行われていた『ギルガレア』信仰の証拠たちと言えます」
「こ、こっそりと、気づかれないように……『ギルガレア』の紋章を、き、刻んでいたんですね」
「そう。注意深い信徒にだけ、伝わるように。まるで暗号のように、密かに記していた」
「で、でも……何のために?」
「それは、この石像が教えてくれるでしょう」
「ね、寝転がっていますね、この女性の像……」
「寝ているだけでなく、特徴的な破壊があるでしょう?」
「は、はい!……お、お腹が……壊されています……え、えと。こ、この石像……内側に、空間があったみたい……ですね?」
「象徴的ですね、『女性の腹部』を『容器』として使うなんて」
「あ、赤ちゃんでも……いたんでしょうか……?」
「『蟲の教団』の信徒たちからすれば、ある意味で、赤ちゃんのように大切な存在だったのかもしれませんね。ここに、くだんの『寄生虫』が封印されていたのでしょう」
「……っ!!?あ、あの蟲たちが……こ、この石像たちに……っ!?」




