第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百十五
―――ジャンも成長しているのさ、悲しい笑みを浮かべた女性を励ます話術も使う。
レイチェルはジャンの赤茶色の髪を撫でて、紳士としての成長を讃えた。
もちろん耳まで真っ赤にしてしまうから、修行の過程にありはするよね。
紳士の道の熟成は、きっと一生かかる壮大な計画なのさ……。
「照れすぎですよ、ジャン。貴方は、女性や褒められることにも慣れるべきですね」
「な、なかなか難しいですよう……っ」
「貴方らしい個性ではありますが、『騎士』を目指すのであれば、堂々とした態度でいることも必須になります」
「は、はいっ!」
「これらの石像を見て下さい。非現実的なまでに華美な協調をしていますが、それだけに威厳や美しさも深い。ジャン。貴方は、この石像たちから学ぶべき点も多くあります。これらは政治的、宣伝的な芸術ですから。『騎士』の範にもなるでしょう」
「は、はいっ。そ、その……背筋、とかでしょうか?」
「ええ。姿勢を真似るといい。背筋を伸ばして、胸を張る。『威張る』という行いは、社交術の一つにもなります」
「で、でも。あまり偉そうにしていると……ま、周りから、い、嫌なヤツだと思われたりしませんか……っ?」
―――ジャンは嫌われるのが怖いんだ、多くの普通の人々がそうであるように。
それでも『騎士』を目指すのであれば、威厳を出さなくちゃならない。
威張っていない騎士なんて、この世にはいないからね。
だって、騎士には主の権力を示す役目もあるのだから……。
「魔王ソルジェ・ストラウスの威厳を、損ねたくはないでしょう」
「そ、それは!も、もちろんですっ!!」
「嫌われるコトも、恐れられるコトも……『騎士』の役目になります。敵や民が貴方を畏怖すれば、貴方が使える魔王の威厳を保ち、より大きくもするのですから」
「な、なるほど……っ。き、嫌われるのも仕事……なんですね」
「ええ。威厳とは、序列を明らかにする力ですから。魔王と『騎士』が恐ろしいほどに、敵は委縮し、仲間は守られる。『騎士』になるのであれば、自分が特別な地位であると確信しなければなりません」
「か、確信、ですか?」
「芸術が美しさや威厳を出しているのは、それぞれに確信があるからです。『偉そう』などという自覚を、芸術は持っていません。『偉大なのだ』と信じ切る。その確信があるからこそ、力強く心に届くのです」
「な、なんだか、と、とても難しそうです……っ」
―――レイチェルは舞台に立つ芸術家だからこそ、序列の力を知っている。
ヒトが壇上の教師に従うのも、あらゆる玉座の背後に壁があるのも。
明確な序列の技巧による、ほとんど例外のない普遍的な法則性だ。
序列の力を確信することが、舞台芸術の基礎でもある……。
―――それらを科学的に証明するのは難しいけれど、実に本能を支配する力なんだよ。
傲慢な男が誰かに道を譲るとき、道を囲む壁があったとする。
そのとき男は必ず壁に近づくように動くのさ、これも序列がもたらす本能的な行動だね。
背中に何かを背負った者は、それだけで大きく見えるから……。
―――舞台芸術は、そういう力学を使いこなして成り立っている。
古王朝の芸術の流れを受け継いだ、この地下に並ぶ石像たちもそうだ。
石像たちの口が開いたとすれば、彼ら彼女らは語るだろう。
『私たちは偉大である』、堂々とした美しさと力強さを確信しながらね……。
「難しく考えなくても、大丈夫ですよ。ただ、堂々としていればいい。背筋を伸ばし、心のなかで自分の有能さに確信を持ちなさい。それだけで、貴方は、威厳をまとえます」
「そ、そうでしょうかっ」
「あら。私の言葉が、信じられないと?」
「い、いいえっ。そ、そうじゃないですうううっ!!?」
―――序列の使い方をマスターしているから、レイチェルの言葉は刺さる。
ジャンも基本的に、序列においては下だからね。
自らそうあろうとうする悪癖というか、小市民的なつつましさがあった。
ジャンらしくある可愛げだけど、『騎士』になるなら直してもいい点ではある……。
「貴方に、確信を与えてあげます。自信を抱けなくても、リングマスターを信じるのは容易いことでしょう」
「は、はい!」
「『ボクは、魔王ソルジェ・ストラウスの騎士だ』。『騎士』としての威厳が必要なときは、この魔法の言葉に頼ればいい。そうするだけで、必要なだけ威厳を背負えます。貴方にとって、ソルジェ・ストラウスは絶対の権威なのですから」
「……は、はい!!……『ボクは、魔王ソルジェ・ストラウスの騎士だ』……ッ!!」
「ほら。目が輝いていますよ」
「あ、ありがとうございます!……こ、この言葉に自分が相応しいのか、まだ自信が持てなくて……すごく、すごい、お、畏れ多いんですけれど……でも、たしかに……その言葉に、相応しい男になりたいと、強く願えます」
「それでいいのです。それだけで、貴方は強くなれますから。背筋も、少し伸びているでしょう?」
「え?……あ。ほ、本当だ。すごいや……っ。ちょ、ちょっと、姿勢、良くなってます」
―――芸術についての授業は、ジャンに実りを多く与えた。
レッドウッドの森で孤独に過ごし、教養や学問を与えられなかったからね。
飢えているし、乾いている。
大人になった今からでも人一倍、知識を吸収するというものさ……。
―――芸術は政治に使われるほど、大きな力がある。
ヒトの心を変える力があるという事実を、ジャンは今まさに体験していた。
地下に集められた石像たちを見回しながら、今までは見えなかった力の一端を感じ取る。
石像たちが帯びた威厳の仕組みをね、ジャンは芸術鑑賞の技巧の一つを知った……。




