第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百十四
―――正義の敵はいつだって、異なる他の正義だったから。
芸術と政治が結びついている以上、『彼女たち』のサーカスは帝国に嫌われた。
政治的な宣伝のためだけの芸術とは、あまりにも異質だったからね。
あらゆる種族が参加していて、そのリングマスターは人々の笑顔だけを求めた……。
―――帝国が推し進める人間族第一主義とは、あまりにも異なる芸術だ。
そのリングマスターが見た夢を、ユアンダートに心酔する若い帝国兵は許せない。
レイチェルが不在の夜、サーカスに乗り込んで彼女以外の全員を殺した。
彼らにとってそれは大きな正義の執行であって、殺すほどに喜びを得られただろう……。
―――レイチェルにとっての最良の場所は、帝国の正義に壊された。
彼女の復讐の旅は、そこから始まり今に至る。
芸術と政治の悲しい結びつきが、天才的なサーカス・アーティストを戦場に招いた。
帝国にとっては自業自得だよ、『人魚』の怒りに罰せられることは……。
「『私たち』が目指したサーカスは、誰もが楽しめるものでした。ただひたすらに笑顔を求めたのです」
「そ、それは、すごくステキです!ぼ、ボクも、見てみたいです!……見て……見たかったなあ……」
「見せてあげたかったですよ。きっと、ジャンも気に入ってくれたと思います。リングマスターは……つまり、私の夫なら、貴方のとんでもない怪力に目を丸々として、サーカス団員に勧誘したことでしょう」
「ぼ、ボクなんかが、サーカスに?……ひ、人前に出るの、ふ、不得意ですから。向いていませんよう……っ」
「あれだけの怪力ならば、誰もが驚くでしょう」
「こ、怖がられるかもしれませんし?」
「あら。サーカスでは、スリリングな怖さも大きな魅力となるものです。『安全な怖さ』は、娯楽として優れているのですからね」
「あ、『安全な怖さ』……ですか。でも、ぼ、ボクの力は……そういうモノじゃないと思います。た、たくさんのヒトを殺してしまう力ですから」
「ウフフ。力そのものに、善悪などありません。私の『人魚』としての力も、踊り子としての力も……猟兵としての戦う力に転用できていますから」
「そ、それは……たしかに」
「だから、ジャン。貴方の力も、貴方が望んでくれるなら、サーカスのためにも使えます」
「そ、そうですね。レイチェルさんほど、自由自在に、力を操れたなら……」
「でも、貴方は『魔王ソルジェ・ストラウスの騎士』の方が、似合っているでしょうけれどね」
「な、なりたいです。団長のための……き、『騎士』に。そのために、そ、そうなるために、たくさん学びたいんです」
「ええ。芸術についても知っておくと良いでしょう。帝国は、かつて自分たちが理想としていた芸術を捨てて……政治的な宣伝として使いやすい、華美な芸術を目指した。これを知っているだけでも、いくつか作戦に使える視点を得られます」
「さ、作戦に、使える?……お、教えて下さい、レイチェルさん!」
「芸術家というものは、多くがガンコ者なのですよ。誰かに無理強いされるのを嫌う。皇帝ユアンダートが、かつての芸術を捨てたのならば、かつてその芸術を愛した芸術家たちはどう思うでしょうか?」
「き、きっと。不満に……お、思うんじゃないでしょうか」
「その通り。帝国にいる、そういう芸術家たちを『こちら側に引き込む』なんて作戦も、この事実を知った今の貴方になら考えられるということです」
「ほ、本当だ!!す、すごいです。やっぱり……賢いって、強いですよ……っ」
―――真面目なジャンは、強さを求めて必死だった。
若者が見せる成長への欲求を、レイチェルは微笑ましく思いながら。
自分の『変化』も、その優れた芸術家の知覚で感じ取っていた。
猟兵としての戦いの日々は、彼女に多くを与え続けている……。
―――かつてのレイチェルなら、帝国の芸術家にさえ怒りを持った。
帝国にまつわる全てを、復讐の対象にしてやろうとしただろう。
でも、今は少しだけ『例外』を認められるようになったからね。
帝国の芸術家を血まみれにしようとは、復讐の『人魚』も考えていない……。
―――復讐だけに生きられるほど、レイチェルも小さな人物じゃないのさ。
母親であり、サーカス・アーティストだ。
ソルジェとの約束もあるからね、『いつか天幕の下に戻る』。
世界には芸術が必要で、戦いの痛みを癒す笑顔のための芸術は『未来』で要るんだ……。
―――レイチェルは自分が『未来』で果たすべき定めを、見つけている。
亡き夫が見た夢を、彼の理想を継承することだよ。
どんなに痛めつけられて、どんなに苦しみながら死んでいったとしても。
『人魚』を娶ったサーカス芸人は、報復よりも笑顔を選ぶだろうから……。
「れ、レイチェルさんは、すごいです。何でも知っていますよね」
「いいえ。私も、まだまだ未熟者なのです。最近、ようやく視野が広がりました。リングマスターの……ああ、夫ではなく、今のリングマスターのおかげで」
「そ、そうなんですか。だ、団長も、すごい方ですから。せ、戦争上手だし……強いし、じゅ、呪術もこなしてしまう……」
「ええ。リングマスターの成長は、私たち猟兵にも良い影響を与えてくれていますね」
「お、置いて行かれないように、がんばりたいです」
「貴方の成長も見事ですから、問題はありませんよ。今このときにも、芸術について詳しくなった。ヒトは理性や損得勘定だけでは、行動の全てを決められはしません。いくら皇帝の権力が強くなったとしても、必ず、己の感情に従う者たちが出る」
「そ、それを、利用すればいいんですね。げ、芸術家に限らず……帝国人にも、ユアンダートに従わない人たちがいる。そ、そういう人たちと連携が取れれば……」
「帝国がどれだけ大きかったとしても、必ず倒せます」
―――レイチェルの『成長』は、正しいものだとボクは信じる。
純粋な復讐者であることを、ソルジェやレイチェルは願望していたけれど。
それでも帝国人のいくらかを赦せるのならば、より大きな力を得られるんだ。
憎しみと怒りは、そもそも彼女の本質ではない……。
「『痛みと娯楽は、とても密接に関わっているんだ。痛みや苦しみが、人生にはつきものだから。それを癒すためにも、喜びがいる。笑顔が必要なんだ。空を跳ぶ君は、とてもキレイで、すごいんだ。だから、ボクのサーカスに来てよ。君なら、笑顔を作れる』」
「……旦那さんの、言葉ですね。れ、レイチェルさんの」
「ええ。痛みがあるからこそ、笑顔が必要なのです。これからも私はたくさんの敵に痛みを与えますが……いつか、天幕の下に、戻ります」
「は、はい。きっと、それが……だ、旦那さんの幸せでもあるはずです!」




