第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百十二
―――三人の市民たちが相談し合う裏側で、ジャンとレイチェルも動いていた。
ジャンが見つけた隠された通路を進み、すえた臭いの満ちる地下空間にたどり着く。
そこにあったのは、古びた芸術品たちだ。
ジャンに松明を持たせると、レイチェルは鼻で歌った……。
「ウフフ。『古王朝』時代の彫刻品が多数ありますまね。芸術品を集めていたわけですか。貴族は芸術に対して、貪欲に保管してくれるのは嬉しいことです」
「こ、これ……『オルテガ』から、発掘されたんでしょうか?」
「そうでしょうね。全てがこの土地から発掘されたものとは限りませんが、彫刻の傾向として、中海南東風の作りをしています。英雄的な美化の傾向が、見受けられますね。こんなに完璧な身体をした人物は、いませんから」
「す、すごいですよね、レイチェルさん。芸術の知識が、とても豊富なので……う、うらやましいです」
―――地下には多くの石像が並んでいて、どれもが美しい男女の裸像だった。
幻想的なまでの美しさは、写実的とは言えないよね。
モデルその人を模造したわけではなく、この世にない究極の美を追求したものだ。
それが中海南東風の美術が目指した傾向であり、知識があれば分析も適う……。
―――ジャンはため息を吐いて、劣等感と対立した。
視線を巡らせても、どの石像たちも同じに見える。
美しくてキレイだと思えるけれど、それ以上の感想が抱けない。
ここに石像がある意味を、考えることは出来なかった……。
―――芸術鑑賞というものは、知的な分析でもあって。
知識がなければ見抜けない部分も数多くあるのも、残念ながら事実だった。
ただ美しいと感じるだけではなく、その裏側に込められた意味を読解する楽しみ方もある。
大して気にするコトではないはずだけど、ジャンは知識の乏しさに落胆した……。
「は、はあ。ボクには、どれがどれやら……区別がつきません」
「問題はありませんわ。ジャン、この彫刻たちについては、私が分析しますので」
「は、はい。頼るしかありませんね……うう。ぼ、ボクも知識が、欲しいです」
「では、少しばかりレクチャーをいたしましょう。彫刻家ではありませんが、鑑賞のためのポイントがいくつかあります」
―――ジャンの顔が明るくなった、彼の知識欲は日増しに強まっているからね。
ソルジェからの期待も感じているんだよ、より多くの仕事をこなせるようになりたいんだ。
今日、小規模ながら隊員たちを任されたようにね。
大魔王ソルジェ・ストラウスの『騎士』になるためには、どんな知識だって要る。
「お、お願いします。ぼ、ボク……教養も身に着けておきたいんです。だ、団長の騎士になりたい……いつか、誰からも馬鹿にされないような立派な男になりたいんです」
「ええ。とても良い心がけですね。美術的な知識があれば、人生をより楽しめるようにもなります。豊かな日々を送れる……それは、戦いばかりでは得られない幸福です」
「た、たしかに。戦場には、慣れてきましたけれど……こ、こういう芸術品って、戦場にはありませんよね?……そもそも、芸術って、何のためにあるのか……ぼ、ボクは、そういったことさえ理解できていないんです……森で、一人ぼっちだったからでしょうか……?」
「そんなことはありません。芸術というものには、深さがあるものですから」
「げ、芸術の、深さ……ですか?それは、一体?」
「見たままで美しいと感じる。それも芸術の側面です。それだけでも、かまいません。美しい、楽しい、ああ、驚いた!……そういう感情を得るだけでも、芸術を味わったことになりますからね」
「そ、そうなんですね?」
「ほとんどの方は、芸術に対して深い考えや、洞察を持とうともしないものです。とくに、ジャン。貴方のような若者は、芸術を知識で解釈しようなどとしないものですから」
「ぼ、ボクが、特別に……お、劣っているというわけでもない……ですか?」
「ええ。もちろんですよ。若いころは芸術に対して、深い認知を得ることはそうありません。芸術家としての訓練でも積んでいれば、ハナシは別ですし……芸術に関する天才という極めて一部の例外を除けば別ですが……劣等感を抱く必要はないということですよ、ジャン」
「は、はい。ちょっと、安心しました……っ」
「ウフフ。そうです。芸術は、別に怖いものでもありませんから。そんなに緊張することなく、私の解説を聞いてくれれば良いのですよ」
―――ジャンは笑顔になってうなずいた、レイチェルは良い教師になれるだろう。
それに、ジャンは教育を受けるための才能もあった。
芸術についての授業を、怖がる者も少なくはない。
でも、ジャンはとても素直な青年なんだよ……。
―――未熟なだけに、教育を授けてもらえるような生い立ちではないだけに。
大人になった今、知識への欲求が人一倍強くなっている。
学び取ろうとする姿勢、より大きな人物へとなろうとする態度。
レイチェルには、そんな若者の渇望が何とも美しく映る……。
「貴方のような若者は、好ましいものです」
「そ、そうですか!!?」
「ええ。芸術に対して、粗雑な感性だけで解釈しようとしては、この芸術を作った者たちにとって無礼とも言えますからね」
「で、ですよね?……そ、その……よくは、分からないのですが、や、やっぱり、作った方々の気持ちとか……そ、そういうのを理解する方が、た、正しいですよね?」




