第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百十一
―――知識と洞察力は、推理を作り上げた。
地図とにらみ合ったままのブッチは、想像力の翼を広げる。
季節と食材を考慮して、どんな味を求めていたのかを追いかければいい。
料理人ではなくとも、彼らの仕事は予想が及ぶ……。
「……直感だな。直感でいいはずだぞ……ッ。カニンガムは……カニンガムめ。夏野菜に、フルーツ……肉は……特殊なモンじゃねえぞ。こいつは、そうだ……そう……普通なんだ」
「普通って、どういうこと?」
「どうもこうもねえよ。カニンガムは、普段通りなんだ。つまり、接待相手の故郷やら、宗教やら、そういうモンに対してより……いつも通り……自分の料理を出せば接待が成功する相手だと考えていた」
「帝国軍人たち、かな?」
「そうだと、思う。あくまで直感だ。だが、それだけに、疑えねえ」
「専門家の感覚は、大切にすべきだろう」
「……そっちは、どうだ?……リヒトホーフェンの帳簿を調べたんだろう。ヤツの、次の接待相手に心当たりはないのかよ?」
「……うん。そう、だね……あくまで私見になるが……リヒトホーフェンは、『第九師団』の残党との合流を考えていたんじゃないかと」
「そう考える、根拠はあるのかよ?」
「一つは、妥当な選択だと感じるからだね。実際に、『第九師団』の兵士は、『オルテガ』に流れて来ていた。『オルテガ』だけじゃなく……『ルファード』にいた、ボーゾッド伯爵のもとにも……リヒトホーフェンは、戦力が充実してはいなかったはず」
「そう、だろうな。だからこそ、こうもあっさりと負けちまった……いや、もはや、普通の戦じゃなかったが……」
「『プレイレス』が解放された。あちらに集まる反帝国の勢力を、受け止めるだけの兵力が国境に欲しかったはずだよ」
「それじゃあ、ブッチのおっちゃんの読みは正しそうなんだね?」
「状況証拠だけれど、政治的・軍事的な流れとして、実にありえそうなことだ。それに、他の根拠もある……帳簿には、彼が鉄鉱石の買い付けを積極的に行っていた兆候も見える」
「鉄鉱石……ってことは、武器?」
「そうだろう。リヒトホーフェンは、あの馬鹿デカい空飛ぶ植物への研究もしていたのだろうが……まともな軍備増強にも備えていた。迫る敵に……『自由同盟』の脅威に対してね」
「自信を持った顔をしてやがる。意地悪な質問をしたくなるな。お前、リヒトホーフェンから仕事を受けていただろ?」
「……非難されるような仕事は、しちゃいないよ。大きなビジネスは、帝国商人たちに奪われていたからね……でも……してはいた。君だって、もしリヒトホーフェンから依頼があったら?家族を養うためにも、選ぶだろう」
「そうだ。ありえないだろうがな。帝国人は、亜人種に冷たい」
「ああ。だからこそ……いや、今は、この作業に没頭しようじゃないか。私は、そう。リヒトホーフェンとも仕事した。それほど、大きな仕事じゃないが……軍備増強に関わったよ。裏切りと指摘されれば、否定はできない」
「責めはしない。状況がそうさせただけだ……オレに対して、直接の被害はなかったし、お前はオレを『オルテガ』の商人だと認めていたから、今夜、呼び出した。許してやる」
「……ありがとう。救われた気持ちだ」
「仲直りだね、おっちゃんたち!『オルテガ』市民同士、仲良くやろうね!」
「別に、ケンカなんてしちゃいねえよ。たんに、確かめただけだ」
「……それで、ブッチ。リヒトホーフェンの次の接待相手が、『第九師団』の残党だとすれば……西なのか、それとも、東なのか?」
「東だろう。西よりは、少しばかり涼しい。この夏の暑苦しい夜には、クリア・カニンガムは涼しい風を好む。特別なこだわりの要る相手じゃなければ……味なんて、大して理解できていない兵士や軍人が相手なら、東を選ぶ……」
「つまり……そこ、かな?」
「ああ。カニンガムは、ここで接待を企画し、食材も運び込んだ。『オルテガ』からの避難先としても、悪くない。西でも、多く戦闘が起きたんだからな。マトモなヤツは、戦から逃げるときに、戦場へは近づかねえ……カニンガムは、普通じゃねえが、食材に従う!」
―――ブッチは、鉛筆で丸を描いた。
カニンガムが東に作った拠点であり、想像力の追跡が集約した場所だ。
少年は興奮しつつも、身震いした。
戦闘のどさくさに紛れて、『オルテガ』の商人たちを暗殺した男がそこにいる……。
「地図で見るだけでも……怖くなるよね。ここに、いるんだ。カニンガム……」
「怖がらなくてもいいよ。『オルテガ』からは、十分に離れているじゃないか。つまり、安全……安全なはずだ。クリア・カニンガムの……手下には、気を付けるべきだけど」
「手下って、いっぱいいるかな……」
「いる。いるが……こっちも、守ってもらっていることは忘れるな。怖がらなくていい」
―――その言葉は、ブッチ自身に言い聞かせるためのものでもある。
戦士ではないからね、カニンガムのような殺人を厭わないような悪人は彼でも怖い。
戦士でなければ、多くの市民は危険との遭遇を何よりも恐れるものだ。
強がるためと少年のために、ブッチは冷や汗を垂らしながらも満面の笑みを作る……。
「この場所を、ストラウス卿の部下たちに教えてみようじゃないか。カニンガムを、逮捕するなり、ぶっ殺すなり、してもらいたいところだな。オレたちの今後を考えれば、たんに捕まえるだけじゃない方がいい」
「ああ。もちろん、提言しておくよ。ストラウス卿とは、取引しているんだ。私たちの安全を担保してもらう必要がある……」
「つまり……カニンガムを……」
「ぶっ殺してもらうとしようぜ。あいつは、もう『オルテガ』の商人じゃねえ。市民でもねえ。商人たちを殺した、正真正銘の裏切り者なんだからな!」




