第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百九
―――少年は、困惑してしまう。
何が正しいのか分からなくなる、『オルテガ』のための正義なら嘘は許されるのか?
うつむきながらも、賢い少年は商人たちの必死さを受け止めてはいた。
年端もいかない子供は、知らないフリをして逃げたっていいのにね……。
―――『王無き土地』の伝統ゆえかもしれない、市民にも責任を背負わせる。
少年は『オルテガ』市民としての自覚を、このとき深めていたに違いない。
『自由』の価値を知っているのさ、それには責任が伴うことも。
知らないフリよりも、参加することを選んだ……。
「……オレにはさ、何が正しいのか、ちょっと分からない。タイズンさんが無理して、ストラウス卿に殺されたりするのはイヤだしね……」
「そうならないように、祈っていてくれるとありがたい」
「うん。祈ってもあげるよ。祈る以外にも、してあげたいこともある」
「巻き込まれようとしないでおくれ。子供である君に、リスクは負わせたくない」
「巻き込まれるよ。知っているんだからね」
「ストラウス卿だって、君のような子供に罰を与えたりはしないさ」
「そうかな?分かんないよ。ストラウス卿と、仲良しなわけでもないじゃない」
「聞こえてくる名声ってものがあるんだよ。そういう大人物は、子供を処刑しないもんだ」
「処刑……されないって言うのなら、オレにも使い道があるかもしれないね」
「……君は、私たちの手足になろうというのかい?」
「うん。本当に、『オルテガ』のためになるのなら、オレだってがんばりたい。金だって、欲しい」
「……払うさ。人生が、変わるぐらいの金ならね」
―――少年は真顔のままうなずいて、ちいさな腕を大げさな動きで組む。
この『作戦会議』の正式な一員になったことを、アピールしているらしい。
肉屋のブッチもトーリー・タイズンも、少年の参加を喜べはしないが。
無理やり追い出せもしない、少年は武器を得ていた……。
「仲間外れにするなら、オレ……ストラウス卿たちに密告するかもしれない」
「……それは、やめておきたまえ。最悪の状況になるよ」
「どうかな?……悪だくみしていただけなら、罪にはならないよね。タイズンさんは必死に『オルテガ』を思っていただけのことだもん。何も起きてないなら、誰も危険じゃない」
「……私を気遣ってくれるのは、ありがたいがね。行動を妨げようとはしないように」
「タイズンさん。子供も納得させられないような作戦は、選択するべきじゃないよ」
「子供には見えないものもある。大人になったとき、理解してくれたら問題はない」
「どうかな。そうなのかな……オレには、ちょっと分からない。それでも、引っ込んではいられないんだ。きっと、そういう態度は『オルテガ』市民らしくないでしょ?……それくらいなら、オレでも知っているよ」
―――良くも悪くも『オルテガ』市民である商人たちは、反論の言葉を持たない。
少年の主張には、素直な同意の心が呼び覚まされるのだから。
『オルテガ』市民は、『オルテガ』のために行動する。
『王無き土地』の民は、その土地を自らの手で守り抜くために全力を尽くす……。
「誰も、オレたちを守ってくれない。だから、自分で考えて、自分の命に責任を負う。それが、オレたちだもんね」
「知った風な口を……ガキの分際で」
「……悪くはないさ。聡明な少年がいるのは、『オルテガ』の宝ではある」
「……それで。どんな作戦で行くつもりなの?」
「……情報を、エルフと巨人族の元・盗賊たちに伝えるだけだ」
「それだけで、メダルド・ジーを失脚させられるのかな?」
「……確実ではない。ないが……周りの圧力が高まれば……メダルド・ジーなら、良い判断をする……良い商人ではあるんだ」
「……それならさ。メダルド・ジーと、交渉するのは?つまり……メダルド・ジーに、タイズンさんがでっち上げた情報を渡すんだ」
「……自主的に、権力の座から降りさせようと……?」
「そうそう。エルフにも巨人族にも、伝える前に……メダルド・ジーとだけ交渉するんだ。エルフと巨人族の元・盗賊たちが、激怒するような情報があるって伝える。自分で、身を引かないなら……バラすぞって」
「……なるほど。それは、良案かもしれないね」
「ムダに、大騒ぎする必要なんてないよ。帝国軍と戦う前に、やっぱり、皆がバラバラになるのはマズい……マズいってことを、メダルド・ジーが理解しているなら、こっちが望ましい判断を勝手にしてくれる」
「……まあ、そいつでも構わねえだろ。『人買い』ジーが、『ルファード軍』の中心からいなくなってくれるなら、『ルファード』の力も削がれる……」
「……悪くはない。悪くはないが……ある程度の騒ぎになった方が、政治的な影響も大きくはあるんだ」
「欲張り過ぎじゃない?……欲張りすぎると、失敗しやすくなるものだよね?」
「……君は、賢いね」
「賢いかは自信が持てないけれど。それでも、必死なのは、確かなんだ。オレは……『オルテガ』も大切だけど、帝国軍も怖い。あいつらが戻って来たら、前よりもっとヒドイことになるかもしれないだろ?」
「少なくとも、亜人種の肉屋は処刑されるかもしれんな。巨人族の元・盗賊たちが『ルファード軍』に参加していた。オレたちは、危険視される……」
「……そういう未来は、嫌だね」
「死んで欲しくないよ、おっちゃんに。だから……もし、メダルド・ジーを陥れるのなら、賢く……戦士たちのあいだに争いが起きないようにした方が、いいんじゃないかな?それを、交渉の道具にすれば、メダルド・ジーは……きっと、良い判断をする」




