第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百七
―――カニンガムの行動は、何とも迅速だった。
リヒトホーフェンの劣勢を悟ったとき、彼との関係を清算することを選んだ。
皇帝側勢力と危うい関係性を築きつつある伯爵と、心中するつもりはなかったらしい。
リヒトホーフェンの下で仕事をしながらも、真の忠誠を持ってはいなかった……。
―――リヒトホーフェンが排除されたとき、自分の仕事が罪に問われぬよう。
この戦闘のどさくさに紛れて、関係者を片っ端から始末しにかかった。
後から判明するのだけれど、彼の経営していたいくつかの宿にも放火している。
悪党は鼻が利くもので、慢性的に追跡者の影を警戒していた……。
「……か、カニンガムは、逃亡するつもりなのだろうか……っ」
「さあな。ストラウス卿が、どんな判断をなさるかは知らないが……ヤツは、罪深い」
「しょ、商人仲間に対しても、残酷が過ぎる……」
「そうだが。それだけじゃあない。あいつが、どんな連中を、リヒトホーフェンのために接待したのか……」
「……そ、それを、知っているのかい?」
「専門的な料理の知識があれば、悟れる程度には」
「私も、それなりには料理のマナーを知っているつもりだけれど……それ以上ということか」
「ああ。特殊な連中を招いているからな。顔の広いあんたでも、『彼女たち』の戒律や食文化までは知らんだろうよ」
「……『彼女たち』?……それは……つ、つまり……な、何とも不穏じゃないか……っ」
「そうだ。だからこそ、いつにも増してカニンガムも狂暴化している……オレは、リヒトホーフェンに仕事を奪われていたおかげで、命拾いしたらしい。状況が状況なら、カニンガムのために特別な肉を手配したのは、間違いなくオレだった……」
「お、おっちゃん。良かったね……」
「……大儲けするチャンスでもあったがな。全ては、命あっての物種ではある」
「おっちゃん、商魂たくましいよ。殺される方が、イヤでしょ?」
「商いで負けるってのは、死ぬほどミジメな気持ちにはなるんだよ」
「だからって……はあ、オトナは大変だ」
「お前も、もうすぐそうなる。『オルテガ』の商人になれば。ここは、昔からややこしい土地で……これからは、ますます、ややこしくなる」
「……『ルファード』に、主導権を持たれるかもしれないからね。あるいは、ストラウス卿が……」
「『自由同盟』に入ればいいってことだろう。ストラウス卿は、『自由同盟』のリーダーたちの一人だ」
「議員たちが、受け入れればいいんだけれどね。まあ、だが……それは、政治を司る者たちが決めればいい。私たちは、やれる仕事をするべきだよ」
「報酬のためにもな。オレは、人生を再建したいんだ。一流の、肉屋に戻る」
―――トーリー・タイズンは冷や汗をハンカチで拭い、二人のために椅子を引いた。
二人は彼の所作に招かれて着席し、腕組しながら右往左往する彼を見守る。
トーリー・タイズンは、自分が置かれてしまった状況を分析しようとしていた。
発言にも気を付けるべきだろう、巨人族の肉屋はソルジェの信奉者だ……。
―――不利にならないように、言葉を選ぶ必要がある。
ソルジェを非難することも禁ずるべきだ、ブッチを怒らせることもしたくない。
自分を売り込むためにも、ソルジェに気に入られるべきである。
それは『オルテガ』を守るためにもつながるから、裏切りではないはずだ……。
「……我々は、利益を得なくてはならない。商人だからね」
「そうだ。命懸けの仕事をしているのなら、なおさらのことな」
「二人とも、危ない橋を渡りたがってないよね?……オレを、巻き込まないでよ?」
「巻き込みはしないさ。ちゃんと、ストラウス卿に守っていただくんだ」
―――少年は、安心しなかった。
トーリー・タイズンの眼が血走っていて、狂気の赤みを帯びている。
追いつめられた野良犬とか、飢えた獣のように感じた。
そういうオトナはロクな行動をしないと、幼い経験でも理解している……。
「私はね、『オルテガ』の独立は守りたいんだよ、ブッチ」
「オレだって、そうだ」
「だからこそ、ストラウス卿にとって有益な情報を渡したい。ストラウス卿が、『ルファード軍』のリーダーで……それより大きな『自由同盟』の幹部……彼との絆があれば、『オルテガ』の独立も守れるかもしれないし、我々が……後々、商いで大きく稼げるかもしれない」
「……タイズンさん、帝国軍と戦わないといけないってコト、忘れてない?」
「忘れちゃいないよ。北東に帝国に雇われた傭兵だか、国境警備からの撤収部隊が近づいている……そのために、城塞修理に精を出している。ああ、まったく。この混乱がなければ、その修理……私が請け負っただろうに」
「タイズンさん、金稼ぎより、今は帝国軍から『オルテガ』を守らないと……」
「戦というものは、お金のためにしているんだよ」
「…………おい。タイズン、お前、何を企んでいる?」
「企んでいるんじゃない。より、儲けられないかと考えているし……『オルテガ』の未来も、守りたい」
「議員みたいな口調だな。そういうのは、商人らしくねえ」
「乱世では、そうなりもするよ。『ルファード』の人買い、メダルド・ジーが今では『ルファード軍』のリーダーをしているのだからね」
「……ジーの一族が、か」
―――仲間を作りたいと、商人は考えていた。
ブッチは巨人族であり、ソルジェを信奉しているけれど。
『ルファード』のメダルド・ジーならば、嫌っているに違いない。
トーリー・タイズンの読みは、困ったことに当たっていたんだ……。
「……ジーか。気に食わねえな」
「おっちゃん……まあ、オレも、かな」
「そうだろう。だが、彼は……ストラウス卿に取り入った。我々は、メダルド・ジーよりも、ストラウス卿の役に立つべきだろう」
「たしかにな。しかし……あいつは、軍を率いた。『ルファード』の市長にでも、なっているのか?」
「実質的な指導者だろうね。さっきも会ったが、あのリーダーシップは……『オルテガ』にとって脅威かもしれない」
「……脅威、か」
「タイズンさん、何を言いたいんだよ?」
「……メダルド・ジーの評判を、削ぎ落とす。そのことに、我々が得た情報を、使えないだろうか……」




