第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百六
―――古来、信仰と医学は少なからず結びつきがあった。
どちらも病める者や苦しむ者、そして死にゆく者への処方を与える立場だから。
リヒトホーフェンは医学に貢献した、彼は資本で娘は頭脳で。
医学的な貢献が、リヒトホーフェンに大きな人脈を与えたのは事実であり……。
―――医学的な人脈は、宗教家との接点となっていた。
リヒトホーフェンは帝国の国境であるイース教から見れば、異端者ではあるけれどね。
それでも、表向きは帝国伯爵という貴族である。
少なからずある縁が、彼に特殊な機会を与えることもあった……。
―――自分たちが政治的なトラブルに首を突っ込んだことを自覚しつつ、二人は歩く。
リヒトホーフェンの屋敷に到着し、略奪のために集まる民衆のあいだを抜けた。
見張りに立っていた戦士の一人が、少年に気づく。
戦士はその顔を緊張させながら手招きして、二人を屋敷のなかへと導いた……。
「こっちに来てくれ。待っていたんだ。その、トーリー・タイズン氏が。オレも……君らを歓迎したい」
「……何だか、緊張してない?気のせいだと、いいんだけど」
「おい、目立たないように、オレにくっついてろよ、ガキんちょ。ほら……タイズンに、さっさと会わせてくれ。オレたちを、厄介事に巻き込もうとしているんだろ?」
「オレも良くは知らん。だが、どうやら……良くない状況らしい」
―――屋敷のなかへと通されたブッチと少年は、青い顔をした商人と出会う。
トーリー・タイズンは、ブッチの馴染みのある顔を見ると胸をなでおろした。
憔悴した顔でふらつきながら、両腕を広げて歓迎の態度を作る。
その態度から、肉屋は何かしらのトラブルが具現化したことを悟った……。
「ハグよりも先に、保証して欲しいところだぜ。オレの家族と……巻き込んじまったらしい、このガキの家族に護衛を派遣してくれよ」
「あ、ああ。そうだね。そうしよう……『ルファード軍』に、頼むのでいいよね?彼らのこと、嫌っていたりしてないかな?」
「『プレイレス』を解放したストラウス卿のファンだ。彼が指揮する軍なら、オレは受け入れるぞ。だから、さっさと手配しろ。悪いニュースを聞くのは、そのあとでいい」
「う、うん。任せたまえ……用意は済ませているんだ。この手紙を、『ルファード軍』に届けられたら、ブッチの家族は保護してもらえるはずだ。それに……君のご家族もね」
―――少年は不安げな顔でうなずいて、タイズンは安心させるために微笑んだ。
演技でしかない感情であり、タイズンも精神的に疲弊していたせいで表情は硬すぎた。
少年は不安になりながらも、名前と住所を答えていく。
商人は筆を走らせ、見張りの戦士に渡すべき手紙を完成させた……。
「……頼むよ、君。この手紙を、『ルファード軍』に渡してくれたまえ。可能な限り、早く。ストラウス卿たちが求めている情報について、その確信を握っている人々の命が危険に晒されている。家族も含め、守ってくれ……」
「あ、ああ。『風の旅団』のメンバーに、届けてもらうとする。応援で、来ているんだ」
「頼むぜ、兄ちゃん。お、オレ……ただの貧乏人のせがれで、家族も、善良な市民なんだよ。守って欲しい……」
「任せておけ。この屋敷の警備は、固めた。ここにいれば、君は安全だよ」
―――少年は安心を得るよりも、張り詰めた緊張感を会話から掴んだ。
泣きそうな顔をしてしまうが、どうにもならない。
手紙たちを抱えて小走りに立ち去る戦士に、祈るばかりだ。
何が起きているのかは分からないが、家族に誰も悪さをしませんように……。
「それで、トーリー・タイズン。どんな状況なんだよ?」
「あ、ああ。説明した方がいいだろうね」
「当然だ。義務がある。巻き込みやがったんだからな」
「そう、責めないでくれ。こ、こちらも……『彼』の行動力を、侮っていたというか……」
「『彼』って、カニンガムのことなんだね……っ?」
「カニンガムが、リヒトホーフェンと絡んでいたことを、知っているのかい?」
「……ブッチのおっちゃんが、少し教えてくれたんだ。料理人ってだけじゃないんだよね。そ、その……マフィア……」
「ブッチ。軽率なんじゃないかな?」
「カニンガムがろくでもねえ悪事をしているのは、商売人たちの中じゃ有名だろう。今さら、ガキに教えたぐらいで、何が変わるってんだ」
「ま、まあ。そうなんだが……その、状況は、君たちが想像しているよりも、シビアというか……悪い」
「どう悪いんだ?……説明してくれよ」
「……君以外にもね、カニンガムについて詳しいであろう商人に連絡を出したんだ。そうしたら、連絡が取れない商人もいたし……家で殺された商人もいた」
―――少年が驚き、反射的にこの場から逃げ出していた。
追いつめられた野ウサギのような俊敏さだったけれど、ブッチの腕が追いついた。
ドアに飛びつきそうな勢いの少年を羽交い絞めにするように、抱き上げる。
手足をばたつかせながら喚き散らす少年に、冷静な言葉でささやいた……。
「ここにいた方が、安全なんだ。お前は、ここにいろ」
「で、でもっ。こ、殺されたって……お、オレ……そ、そんなの……」
「お、落ち着きたまえ。き、君がご家族を心配する気持ちは分かるが……おそらく、すぐには狙われない。他の商人たちとは違い、クリア・カニンガムと直接的な関係は、ないだろう?」
「う、うん。ないよ。ないけれど……」
「……とにかく、事情を話せ。事情次第じゃ、オレも……家に戻るぜ」
「だ、大丈夫だろう。ここにたどり着いたというのなら、おそらく……いや、そもそも、クリア・カニンガムは、君を暗殺のターゲットに選んでいなかった」
「暗殺の、ターゲット……」
「他の商人たちは、今夜、殺されたわけじゃないようだ。そ、その……昨日とか、あるいはそれ以前に……『ルファード』で戦があってからこっちのあいだに、殺されていたみたいなんだよ」
「はあ?……ストラウス卿たちが、こっちに来てから……ってことか?」
「う、うん。これは、憶測になる。憶測になるけれど……カニンガムは、リヒトホーフェン伯爵の敗北や失脚を見越して、口封じのために、う、動いていたんじゃないかな」
「リヒトホーフェンのために、働いていたから」
「あ、ああ。そうなんだよ。私も、その可能性に気づいた。リヒトホーフェン伯爵の人脈作りというか外交というか、クリア・カニンガムは、伯爵のために……多くの要人を接待していたみたいだね……その事実を、隠滅したくなるほどに」
―――トーリー・タイズンは口もとを押さえた、隠滅という言葉に言い換えたが。
彼の頭脳が想像していた惨状は、あまりにも残酷が過ぎる。
商人たちは本人だけでなく、妻子や兄弟まで殺されていた。
手紙を届けた者たちは、商人たちの家で腐敗し始めた無数の死体と出会っている……。
「む、むごたらしい死を、彼は作ったらしい」
「……マフィア野郎だからな。自分の保身のためなら、何人だって殺す野郎だ。トーリー・タイズン、お前も知っていただろ」
「し、知ってはいたがね。彼の気性や、本性めいたものは……こ、これほど残酷で、用心深い極悪人とまでは、考えちゃいなかったんだよっ!!君も、だろ?」
「……まあ、な。カニンガムめ。『オルテガ』商人の仲間まで、殺したか……オレ以外の食材屋……リヒトホーフェンに排除されなかった、人間族の商人たちを、殺したか」




