第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百五
「『血狩り』って、亜人種の血が入ってる帝国人を見つけるやつだよね?」
「『狭間』狩りだな。『狭間』は、とくに嫌われているから……」
「ああ。うん。それは、オレも知っているよ……」
「ガキでも知っている事実だな。『血を盗む』のは、嫌われるもんだ」
―――大陸にある普遍的な価値観は、『狭間』を嫌った。
およその種族が、自分たち以外の種族を嫌う傾向がある。
ヒトは、『同じ』という接点を頼り。
『違い』はそのまま、拒絶の理由にもなった……。
―――ブッチは人間族の子供の手を握っているが、離すことはない。
仕事をさせるためでもあるし、自分の政治的な信条を示すためでもあった。
人間族は嫌いだったが、ソルジェの信奉者となったときから傾向を変えたんだよ。
『血狩り』について話すとき、人間族嫌いを態度に現したくなかったんだ……。
「帝国にはな、『カール・メアー』という恐ろしい連中がいやがるんだ」
「強い軍人ってこと?それとも、殺し屋とか……?」
「はん。モノを知らねえガキんちょだな」
「しょうがないだろ?オレ、アタマ悪いんだよ」
「どうして、自分のアタマの悪さで威張るんだ?無知な自分をもう少しぐらいは恥じるといいもんだぜ」
「ガキなんだから。何でもかんでも知ってるわけないじゃん。教えてくれよ、おっちゃんは物知りのオトナだろ?」
「『カール・メアー』は、イース教の一派だ。尼さんばかりだが、『血狩り』を主導しているクソ女どもで……亜人種に対しての殺りくも行う」
「シスターたちなのに、狂暴なんだ……」
―――ブッチはうなずいた、『狭間』に対しては彼も好ましいとは思っていないものの。
根絶やしにする勢いで殺し続ける『カール・メアー』については、反感を持つ。
『カール・メアー』は純血の亜人種も殺すからね、警戒していたんだよ。
帝国兵に対して『血狩り』が行われたとき、彼女らの到着にいち早く気づいたのさ……。
―――どんなに秘密裡に動いたとしても、彼女たちの戒律は痕跡を示す。
どの季節に何を食すかも、『カール・メアー』の戒律は定めているからね。
『血狩り』が行われとき、ブッチは市場でいくつかの種類のベリーの品薄を確認した。
彼女たちは世間知らずだから、そんな目線で自分たちを探る者がいるとは思わない……。
「『カール・メアー』は、皇帝が重宝してやがるんだよ。『人間族第一主義』の守護者みてええな連中だからな」
「怖いシスターたちなのにね。皇帝は、怖くないのかな?」
「皇帝にとっちゃ、都合がいいんだよ。アホなガキだ」
「うるさーい。ガキなんだから、アホでも仕方がないでしょ?」
「大人のアホに比べれば、たしかにマシか」
「で。おっちゃんは、さっき何でビビってたの?」
「……クリア・カニンガムが、リヒトホーフェンに……ちょっとばかり危険な人脈を与えようとしていたかもしれねえって、思ったからだよ」
「危険な人脈って、どういうの?」
「好奇心は猫を殺すもんだ。聞いたことぐらいあるだろ?」
「知らない方が、安全なんだ?」
「そうなる。お前は……オレを届けたら、さっさと自分の家族のトコロに戻れ」
「そんなに?……マフィアのカニンガムに、狙われるっての?」
―――少年はカニンガムの脅威を、まだ信じていない。
だが、哲学者のように深い眉間のしわを作ったブッチを見て怖くもなった。
ブッチは怯えている、カニンガムとリヒトホーフェンの関係性に。
ソルジェからの仕事の一端だという現実も、この予測に深刻さを与える……。
―――トーリー・タイズンは、ブッチの見抜いた事実を高く買うだろう。
それは金欠の肉屋にとって、好ましいビジネスではあったけれど。
同時に、リスクも高まる。
カニンガムには復讐したいが、ブッチよりヤツの方がはるかに残虐だった……。
「……もっと、くっつけ。ひと固まりになるようにして、オレの影に隠れてろ」
「ビビり過ぎじゃない?……ちょっと、マジで、世間知らずのアホなガキを、脅かすのは勘弁だよ?」
「そんなつもりじゃねえ。用心するに、越したことはない。トーリー・タイズンめ。こんな仕事にお前みたいなガキを使うとは…………そうか、そっちの方が安全だと……見張りを、想定しているのか……?」
「……マジで……?……そこらに、カニンガムがいるの?」
―――少年はいよいよ怖くなった、ブッチの本気の警戒心を理解したのだから。
ブッチは引き寄せるようにして、少年を隠す。
もう帳簿を見てはおらず、周囲を野生的なにらみで警戒するばかりだ。
解放に喜ぶ声もあるが、街は激しい破壊への対処に追われて慌ただしい……。
―――自分たちがそれほど目立ちはしないだろうと考えつつも、油断はしない。
カニンガムの商売敵となった者たちの何人かが、夜道で消えたのだから。
港に引き上げられるのは、ブッチも嫌だ。
巨人族の目立つ背中を前かがみにして、より目立たないように試みる……。
「……護衛を、つけてもらうとしよう。トーリー・タイズンが、ストラウス卿からの仕事をしているって言うのなら、オレの家族や、お前の家族に護衛をつけてくれと願えば、つけてくれるはずだ」
「……そ、そうだね。おっちゃん、マジで頼むよ。オレ、せっかく……『オルテガ』が帝国から解放されたのに……カニンガムに殺されるなんて、絶対に嫌だ」
「ああ。お前は、この仕事をしたことを、誰にも話すんじゃねえぞ。家族にも、言うんじゃない。カニンガムは、顔が広いからな。どこに、あいつの手下がいるとも限らん。用心し過ぎることはねえ……」
「う、うん。ああ、神さま。オレと、オレの家族のことを守ってくれ……っ。よく地下に、花を持って行ってるじゃん……っ!ご加護を、頼むようっ!」




